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不幸な男のインスタライブ

作者: 浅賀ソルト

 さて、そんなわけでインスタライブのセッティングを済ませた。これまでの流れを簡単に説明しよう。エミナはカメラの前でぐったりしている。

 3日前にエミナがいる家に向かった。そこにはエミナと俺の息子のほかに、ダリッチという男とその彼女が住んでいた。

 俺はドアを叩いてダリッチに俺の嫁を出せと言った。

 ダリッチは、「落ち着いてくれ。会わせられない」と震えながら言った。びびっているのがまるわかりだった。

 中からエミナの声が聞こえた。「駄目。開けて相手しないで!」

 その一言で俺は何をするか決めた。ドアに手をかけて一気に開くと玄関口にいたダリッチはよろめいた。ちょっと肩を押すと廊下の壁にくっついた。

 話にならなかった。俺の顔を見ていたが、ダリッチは何もできなかった。馬鹿みたいに硬直していた。

 俺は中に上がりリビングへと進んだ。

 ダリッチの彼女が俺の前に出てきた。部屋の奥に嫁と息子がいるのが見えた。

「エミナになにするつもり? 何もさせないよ」

「うるせえな。引っこんでろ」

 俺は押しのけて嫁のところに行った。息子を掴まえるとエミナも自動的についてきていた。

 そうやって家族が元に戻ったのが3日前だ。

 昨日、ダリッチたち2人が俺の家に来た。

 何の用かと聞くとエミナを連れ戻しに来たという。俺にはっきりものを言うのはダリッチの彼女の方で、彼氏のダリッチは完全にびびって俺と目を合わそうともしなかった。無理矢理つれて来られたんだろう。

 俺は適当に「しっしっ」とやったが、ダリッチの彼女は引き下がらなかった。

「エミナからあんたのことは聞いている。愛想つかされて逃げられたってのが分かってないんだね」

「俺は昔とは違うんだ。これからはちゃんとやる。安心してくれ。確かに昔の俺はひどかった」

「2人が無事なのか見せてくれない?」

 俺はこんなことを言われて瞬間的に腹が立ち、ダリッチの彼女の髪の毛を掴むと力任せに壁に叩きつけた。

 声にならない声でわめいてしまったが、変わったって言ってるのに確かめさせろなんて言われたらもうそんな奴とは終わりだ。

 俺はダリッチの彼女を家の中に引きずり込み、そのままリビングに放り投げた。これまでも何度かあるが、髪を掴んで人を動かすと大量の髪が抜けて手が脂まみれになる。俺はズボンに何度も手をこすりつけてそれを落とした。

 表にいたダリッチはおっかなびっくりといった感じで家に入ってきた。びびっているのは分かるんだが、何をするつもりなのかさっぱり分からねえ。

 俺は言った。「ダリッチ。お前も彼女の横に座ってろ」

 ダリッチは俺の顔を見ると頷いた。そして倒れた彼女の横に座った。

 俺は大声を出した。「わっ」

「ひぃ!」

「あはははは」

 ダリッチの悲鳴は本当に情けなかった。

 エミナが奥から出てきて、袋に氷水を入れてダリッチの彼女の痣を冷やした。彼女はうめいているだけだった。

 俺は玄関のドアを閉め、鍵をかけた。

 リビングに戻り、全員が床にいるのを確認した。

 俺の部屋に行くと銃を取り、弾倉を装填してリビングに戻った。それを持ったまま椅子に座り、床の3人を見張りながら一晩を過ごした。

 今日になってスマホを立ててインスタライブを始めた。銃はベルトに差した。

「ここにいるのが俺の女房のエミナと息子のハリスだ。女房は家を出ていってたが連れ戻した。ちゃんと謝ったのにこいつらは聞く耳を持たなかった。まるで信用しなかった。やり直そうとしている人間になんでこんなことをするのか、俺には理解できない。俺だってこんなことはしたくないんだ。だが、言っても分からない奴だっていうのはよく分かった」

 エミナは黙っていた。

「あ! どうして分からないんだ!」

 俺が怒鳴るとエミナがびくっと震えた。息子が泣き始めた。

 俺は2歳の息子の頭を掴むと、「男だろ。泣くな」と言った。

 しかし耳障りに泣き続けた。

 俺は息子をガクガクと揺すった。「泣、く、な」

 息子はぎゃーぎゃーと泣いた。俺は手で口を塞いだ。それで静かになるかと思ったが手では口をうまく塞げなかった。

 俺は息子自身が身につけている涎掛けを掴み、それを丸めて口につっこんだ。吐き出そうとするのでそれを手で押さえた。これはうまくいった。そうやって手で塞いでいるとモゴモゴという声だけになった。

 ダニッチが小さい声で遠慮がちに言った。「ネルミン、ちょっと」

「あ?」

「いや、ちょっと」

「あ?」

 それでダニッチも黙った。

 しばらく待っていると息子も泣きやんだ。俺は手を離した。また泣いたら黙らせようと、テーブルの上に座らせた。

「赤ちゃんを渡して」エミナはそう言って両手を伸ばした。

「あ?」

「もう泣かせないから」

 俺は少し考えて、テーブルの上の息子をエミナに返した。息子はえずいていた。また泣くかと思ったが、泣かずにずっと咳を繰り返した。俺はいらいらしていつ泣くかと睨んでいた。

 5分くらいはねばっただろうか。また息子が耳障りな声で泣き始めた。

「泣かせるなって言っただろうが!」

 俺は力いっぱいエミナを殴り飛ばした。

 エミナはふっとんだ。家具が派手な音を立てた。

「結局、こいつらはこんなんだ。うまくやろうとしても人の足しか引っぱらねえ。俺は今度はうまくやるつもりだったんだぞ! なんでお前らはいっつもいっつもそうなんだ!」

 俺は銃を抜いた。気がついたら俺も泣いていた。

「どうしてもうまくいかねえ。うまくやろうとするといっつも邪魔が入る。俺の周りはクソばかりだ」

 女房の頭を撃ち抜く。銃声にダニッチとその彼女がビクッとなった。

「だが、俺の邪魔をする奴らをそのまま生かしておくつもりはねえ」

 息子を撃ち、ダニッチとその彼女も撃った。

 俺はスマホに向かって言った。これだけ憐れで報われない男もいないだろう。何もかも駄目だ。こいつらを殺しても俺はちっともよくならねえ。

「はー、悲しい……。まったくやりきれねえ。これを見てくれた奴は、ちょっとは俺もやるだけやったんだってことを分かって欲しい。俺みたいな不幸な人間は、この先もずっと不幸だ」



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