第6話 剣術大会の終幕
今この場所で私にそのようなことを言える人物といえば、先程挨拶をした第三王女のアンジェリカ様だろう。
第二王女もこの学園に在籍しておられるが、王女は剣術に興味をお持ちではないようで、この場ではお見かけしていない。
「私は聖女なのよ! 貴女より偉いに決まっているの!」
……聖女って貴族位じゃないと思うけど? それに所属は教会で、教会で一番上かと言われればそれも違う。強いていうなら司祭ぐらいの位置づけだ。
「あら? その考えだと困ったことになりますわ。出家した方々に貴族位があることになってしまいます」
私の言葉に周りに居た人たちが一歩ずつ下っていった。それはガリーペルラ侯爵令嬢と距離を取るためだろう。
基本的に出家して教会に属した方々は、それまで持っていたモノを全て捨て去ることが決められている。地位も名誉も家も全てだ。
聖女が所属しているのは教会という組織だ。そこでは地位は確立されているが、貴族社会では意味を成さない。
いや、表向きは貴族の位など関係ないと言っているが、影響力は存在する。それは今まで築き上げてきた人脈があるからだ。
だが私の目の前にいるのは、元々は男爵令嬢だった者に聖女の称号を与え、ガリーペルラ侯爵が後見人になっただけにすぎない。だからガリーペルラ侯爵令嬢を名乗っていられるのだ。
それはサルヴァール公爵家を敵に回しても維持していくほど価値があるものなのか。ガリーペルラ侯爵令嬢にどれだけ聖女の素質があるのかはわからないが、剣が刺さった時点で自分で回復できなかったことは、能力はそこまで高くないと言えるだろう。
「貴女。聖女というのでしたら、ご自分の周りに結界ぐらい張ればよろしかったのに、それぐらい簡単にできるでしょう? 聖女と名乗るのでしたら」
「うるさい! 闇魔術しか使えない悪役令嬢に言われたくないわ!」
「……貴女。何故聖女に選ばれたのかしら? 貴女の傷を誰が治したかもわからないのに?」
ここにいる人達は私がガリーペルラ侯爵令嬢の傷を治したことを知っているのだから、顔色がとても悪い。恐らくガリーペルラ侯爵家の者だからとお近づきになろうとしていたのだろう。
足早に去っていく人も出てきている。
「何を言っているのよ! 傷なんて無いじゃない!」
ん? いくら臙脂色の制服だからといっても、お腹に縦に切れ目が入ってるし、赤黒くなっているし……いや、傷はないね。それはそうだね。私が治したからね。うん。間違ってはいない。
「聖女というなら、自分で治してください」
私の後ろからジオの声がしたかと思うと、ガリーペルラ侯爵令嬢の臙脂色の制服に入っている切れ目に剣が吸い込まれていった。
「ジオルドさま……? ごほっ」
何故、ジオが剣で刺しているの! せっかく治したのに!
「これまでの数々の暴言。いい加減に耳障りになってきました。私のイーリアが悪魔と契約? 神の声を聞くイーリアが悪魔と契約する必要があるのですかね?」
だから電波系じゃないと言っているし!
ジオは刺した剣をするりと抜いて、ついた血を振るい飛ばした。
ガリーペルラ侯爵令嬢はお腹に手を当ててガクガクと震えだす。
「痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイー!!治して早く治して!」
「聖女サマが治せばいいのですよ」
私を抱え上げたジオは、そう言って観覧席の背もたれに足を掛けて、闘技場の方に飛び降りる。
なんだかデジャヴュ。これさっきもあったよね。
「ちょっとジオ! あれはない!」
「大丈夫。イーリア。治療師があの場にいたから」
「治療師がいたとか居ないとかそういう問題じゃなくて……」
私が文句を言っているのに、ジオはサクサクと闘技場内を歩いている。そして、フルプレートアーマーの前に立った。
「キリアン。シャルディーオに上手く使われているようじゃまだまだだね。シャルディーオ。素晴らしい一撃だった。見事に敵に命中したね」
ん? 敵に命中? 一撃で? そのフレーズは確か……『今日は珍しく義父上も観に来てくださっているので、一撃で仕留めてみせます』って言ったあれは、本当にガリーペルラ侯爵令嬢のことだったのか。
「ジオルド義兄上。私ではサルヴァール公爵令息に敵わないことは、わかっています」
「お褒めにいただきましてありがとうございます。殿下。しかしこれは全てはお義姉様の為ですので」
フルプレートアーマーたちよ。普通に話しているけど、観覧席で人一人が死にかけているからね。そして、フルプレートアーマーたちを引き連れて退場するジオ。
なんだかこれおかしくないか?
出入り口の通路に入ったところでジオの前に立ちはだかる者が現れる。それは審判をしている先生だ。
「ジオルドファール殿下。王妃殿下からお手紙を預かっています」
先生。この場で渡すものではないと思う。いや、控室に行ったら侍従のザイルしかおらず、ジオを探していたのだろう。
先程のシャルの試合の審判は別の先生が担当していた。そして、額に汗が浮かんでいるので、王妃様直々の手紙をなんとしてでもジオに渡そうとしていたのだろう。
「試合に出る気は無いです」
ジオは王妃様の手紙を受け取らず、否定の言葉を言った。
「王妃殿下から預かっています」
手紙を差し出された手は下げる様子がみられない。当たり前だ。王妃様からの手紙を預かっているのだ。渡さないという選択肢は先生にはない。
「はぁ。キリアン。受け取って」
ジオは面倒くさいと第三王子に受け取るように言う。その言葉に素直に受け取る第三王子。因みに第三王子は側妃の子になる。
側妃の子である第三王子と王妃の子であるジオは仲がいい。いや、第三王子のキリアンデゥーデがどうもジオに憧れているらしいとシャルが言っていた。
どこにジオに憧れる要素があるのだろう?
「はい」
第三王子は手紙を受け取って中を開いて、ジオに見せつけるように広げた。これはもしかして私を抱えているから受け取れないと言っていた?
だったら私を降ろせよ。
えーっと、手紙の中身は、出ないなら私とお茶会する権利が発生すると……ああ、最近は王妃様とお茶の席をご一緒することがなかったな。
私は別にかまわない。大体、うんうんと王妃様の話に相槌を打っていればいいのだ。
すると私を抱えているジオがガタガタと震えだす。どうしたのだ?
「俺のイーリアを独り占めするなんて、母上でも許せない」
「いや、ただお茶を飲んで、王妃様の話を聞くだけだぞ」
「ふふふふふ。母上がそう出てくるのだったら、全て瞬殺してやる」
「ジオ。人殺しは駄目だ」
「イーリアは控室でザイルと一緒に居てくれ、絶対に控室から出たら駄目だからな」
ジオは足早に先ほど通った同じ道を進みだした。
「それはジオの試合を私は見られないということか?」
そもそもジオが観に来て欲しいと言ったから、私はここに足を運んだのだ。そうでなければ、いつもの日課の実験をしていただろう。
するとジオの足がピタリと止まった。どうした?
「くっー! イーリアに俺の勇姿を見て欲しい。けれど、これ以上変なヤツに絡まれてほしくない」
「だったら、お義姉様を義父上のところに連れて行けばいいのではないのでしょうか? そこにはお義姉様の護衛もいます」
「げっ……」
生徒が保護者席に行くのはよろしくない。
「ジオ……」
「そうか! それがいい!」
「いや、それは止めてほしい。それなら見なくていい」
結局、私は父の隣に座っている。そこはサルヴァール公爵家専用というぐらい空間が空いていた。
それは私の隣にいる黒髪の鋭い目つきをした中年のおっさんが悪いと思う。今は三十半ばだったか?
「お父様、言いたいことがあるのです」
私はマジでジオの第二回戦が瞬殺で終わった試合を見終わった後で、父に話しかける。
「なんだ?」
「いい加減、私を神の声が聞こえるヤバイヤツという設定を、言いふらすのを止めてもらえませんか?」
「ぶふっ!」
私の背後で何を吹き出しているのかな? アルベルト。
アルベルトは厳ついおっさんになっている。失礼な感じは全くもって変わっていない。
「どういう意味だ?」
「どういう意味もありません。そのままです。今日なんて私の噂を聞いたのか、おかしな聖女という方に、言いがかりをつけられてしまいました」
「お嬢様。それはアクヤク令嬢とか悪魔との契約者というものですか?」
アルベルトの隣で、私が言った言いがかりという詳しい内容を確認してきたのは、もう一人の護衛のリオールだ。このエルフ、集音の魔術を使って、私とガリーペルラ侯爵令嬢との話を聞いていたな。それはシャルに話が行くのも早いはずだ。
因みにこのエルフは会った頃と全く姿が変わっていない。
「そうね」
リオールの言葉に肯定の言葉を返す。すると、父はため息を吐いてきた。何故にため息。
「別に私は言いふらしてなどいない。全てイーリアが行ってきたことが、そのような評価に繋がっている」
「……お父様。私はそのような怪しい行動はしていません」
呆れたような金色の瞳を向けて来ないで欲しい。私は電波系と言われるような変な行動はしてはいない。
「ジオルドラファール殿下との婚約は、イーリアが生まれた時から決められていた」
「は?」
「だからファングラン老師に勉学を教授してもらうように頼めば、一ヶ月で教えることはないと王都に戻って来られた。これはかなり噂になっていた」
「うわさ……に……」
「ディレイア遺跡のダンジョンの件もそうだ。誰もがダンジョンとは城の地下のみだと思っていたが、イーリアがダンジョンは遺跡全体を差すものだという古文書を持ち出してくるから、ディレイア遺跡の扱いが変わってしまった」
「あ……はい、露店が遺跡の外に設置されることになりました」
「領地のこともだ。時々、領地改革だと言って私に提出してくる書類など、部下が出してくる書類より綺麗にまとまっている。今ではイーリア様式が書類の基準になっている」
「お父様。人の名前を様式名称にしないでください」
「これだけでも、かなり王都でイーリアの名で噂が出回った。決定的なことはやはり、五年前の災害で我が領地だけ被害が抑えられたことだ。麦畑の半分を水田に変えたおかげだ」
「すみません。私がお米が食べたいとわがままを……」
「それ以外もあるが、イーリアが神の恩恵を受けているという噂が出るのも、必然的だということだ」
「全く必然的ではないと思います」
「そうなってくると、イーリアのような者を、領地に迎えようとする動きが出てもおかしくはない」
「ぐふっ……私はあんな電波系ではありません」
私が意気消沈のまま決勝戦を迎えてしまった。もちろんジオは宣言どおり瞬殺で決着をつけたので、私が語るようなことはない。
今年もジオの勝利に終わったことで、闘技場の中は歓声に沸いている。そして一番中央ではフルフェイスを取って銀髪を顕にしたフルプレートアーマーが、剣を掲げて勝利宣言をしている。
「この勝利を我が愛しきイーリアに捧げる!」
はぁ。これも毎年同じセリフだ。こういうパフォーマンスも王子としては必要なのは理解しているので、私は父の隣で右手をジオに向かって振る。
「神の声を聞ける存在はイーリアのみ! そのイーリアを陥れる存在は、天罰がくだされるであろう!」
もしかして、ジオが私を電波系だと広めているのか!
「イーリア! 愛している! 大好きだ!」
ジオが大声で叫んでいる。
大勢の人の前で何を言っているんだ。顔が熱くなってきたじゃないか! 恥ずかしい!
こうしてジオの勝利で、剣術大会は無事に幕を下ろしたのだった。
再度言っておくけど、私は電波系でも悪役令嬢でもない。ただの公爵令嬢である。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
今回AI絵で挿絵をいれてみましたが、どうだったでしょう?
レモン色の髪の令嬢がどうなったかは、闇に葬られたということで……
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この作品を見つけて下さり、ありがとうございました。
追加で二話投稿しています。