第5話 飛んで行った剣の行き先
私は再び闘技場の観覧席に戻ってきた。闘技場の観覧席の座る場所は大まかに決められている。南側は今日特別に学園に招待されている保護者の席になっている。
もちろん高位貴族と下位貴族の場所も決まっている。
王族の席も用意されており、中央にいつもはない天幕がある。
そして東側に高位の生徒の席があり、西側に一年から三年にあたる13歳から15歳の下位の貴族の生徒の席があり。北側に四年から六年にあたる16歳から18歳の下位の貴族の生徒の席になっている。
下位の貴族の席が多く取られているのは、高位貴族より下位の貴族の数が多いというものあるけど、兄弟が多かったりするからだ。
そんなに多い兄弟で金銭的に学園に通えるのかという問題が発生してくるけど、下位の貴族の授業料は実は発生しない。その分高位貴族が支払っている。建前は寄付という感じだ。
私とジオは座る席をどこにしようかと見渡している。東側は高位貴族の生徒が一年から六年が集まっているが、席がいっぱいになるほどではない。だが、誰かの隣に座っていいかと言えば、それはよろしくない。ある程度の距離感は大切だ。
「イーリア様」
名を呼ばれて、そちらに視線を向ければ、桃色の髪の可愛らしい女の子が、手を振っていた。
「アンジェリカ様。ごきげんよう。今日も素敵な制服ですね」
既に色しか原型をとどめていない制服を褒める。いや、普通の制服を着ている高位貴族は私ぐらいなものだ。
「当然ね。私の為の制服ですもの。お義兄様。きっと王妃様が残念がっていますよ」
……いつも思うけど、同じ制服を一度も見ていない。お金の使い道はこれで合っているのか?
そして、ジオを兄と呼んでいる時点でおわかりだろうが、王女様だ。立場としては、側妃様の姫君で第三王女となる14歳だ。
「アンジー。母上には始めから言ってあります。二回戦までと」
胡散臭い王子らしい笑顔を浮かべたジオが、アンジェリカ様に私に言ったことと同じことを説明している。
兄妹でもそこまで仲がいいわけではないらしい。いや、私以外には大抵こういう胡散臭い笑顔を浮かべている。
「まぁ、そうなのですね。それではお義兄様。観戦をご一緒に如何ですか?」
ご一緒……王女アンジェリカ様の周りを見ると、多くの女生徒の姿があり、胡散臭い笑顔を浮かべているジオをガン見している。
おお、これはジオ目当てか。
可愛い子たちだな。
ジオのヤバさを知らないのは幸せだな。
「アンジー。私はイーリアと一緒に観戦しますので、遠慮しておきますよ」
ジオはそう言って、私の腰を抱いて空いている席を探すために歩き出す。背後から黄色い悲鳴が上がっているが、人を見た目で判断すると痛い目に遭うよと、心の中で忠告しておく。
「はぁ……ジオルド様とイーリア様とご一緒出来なかったのは残念ですが、お姿を拝見できて今日はそれだけで、闘技場に来たかいがありましたわ」
ん?
「アンジェリカ様のおっしゃるとおり、凛とされたイーリア様のお隣にはジオルド様がお似合いですわ」
は?
「神様の声の導きで、サルヴァール公爵領をあそこまで発展させたイーリア様の騎士様はジオルド様以外考えられませんわ」
どこまで電波系が定着しているわけ!
そんな怪しい声で領地改革したわけじゃないよ! それに何故、私にジオが付随しているような発言をされているのだ?
背後から聞こえる声に隣のジオからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「それはそうだ。イーリアの隣は俺以外は許さないから」
笑顔でドスの利いた声を出さないで欲しい。
それに、五度目の婚約解消を目論んで失敗したときに悟ったよ。こいつヤバイなと。
いや、ダンジョンマスターをぶっ殺すと言っている時点で、ヤバイお子様だと思ったよ。
そして、あまり貴族には好まれない最前列まで来てしまった。本職じゃなくて学生の剣技だから、剣が飛んでくることもある。だから、前の方の席は空いている。
その最前列に腰を下ろした。
まさに今戦っているフルプレートアーマーの一人が剣を飛ばして、対戦相手から剣を突きつけられて、決着がついた。
しかし、何度見ても思うけど、学生の剣技は所詮学生だ。本職の騎士たちと比べれば……
「よくこんなので、バトルロイヤルを勝ち抜けるものだね」
「共闘が可能だからね」
「ん? 共闘?」
「貴族としての素質も試されているから、剣の腕がいい生徒を確保して、バトルロイヤルは主にそいつに戦ってもらうのだ」
あ……そういうことね。下位の貴族の剣術が得意な生徒を取り込んで、自分がトーナメントに出るという流れか。
「バトルロイヤルは非公開だから知らなかったけど、毎年出来の悪い奴が残っているなと思っていたんだよね」
バトルロイヤルは女性には受けが悪いと、立ち入り禁止なのだ。
そうか、本当に強い奴の戦いは見れないのか。
「ジオの一人勝ちでいつもつまらないなと思っていたら、そんなからくりがあったのか」
「つまらなかったのか?」
「まだ、ジオとザイルがじゃれ合っている方が見応えがある」
「ふふん! そうか」
ジオと元騎士のザイルが剣の訓練をしている姿を見ている方が見応えがある。
「俺はイーリアが魔術を使っている姿が綺麗だから好きだ」
「そう?」
「イーリアの魔術は特別だからな」
「普通だし」
「普通は詠唱破棄はしないし、無詠唱では術は発動しないからな」
「はぁ、長々とした詠唱を唱えている時点で、攻撃されたら終わりだって、普通は考えるよね」
「そのための前衛じゃないか。イーリアは放っておくと一人で飛び出していくから、捕まえておかないといけない」
そう言ってジオは隣にいる私を抱き寄せる。
後方から黄色い悲鳴が聞こえてきた。
……君たち、今は選手の入れ替わりで闘技場内には誰も居ないよ。
「一つ言っておくが、ジオも大概突っ走っていると思う」
「それは……イーリアに置いていかれないように、俺も必死なんだよ」
「必死になる必要なんてないのに?」
次の対戦者たちが入ってきた。あ、何かをしでかそうとしている愚弟が入場してきた。
それに対して歓声が沸き起こる。愚弟の対戦相手は誰だ?あ……私はちらりと横を見る。
まぁそうか。シャルの対戦相手は第三王子だ。だから勝つわけにはいかないと、わざと負けるようなことを言っていたのだな。
そういうことも考えられるようになっていたとは、お姉ちゃんも嬉しいよ。何かと暴走しがちで困っていたけど。
「必死にもなるだろう。イーリアは全てを変えてくれたんだ」
「え? 私は何も変えていないけど?」
「イーリアはそう言うと思ったけどな。一番は五年前の災害のときだな」
五年前の災害? ああ、長雨が続いた年だね。
各地で川が氾濫して水害が起こり、被害が拡大した年だね。水害ってことは作物もかなりやられてしまったから、汚水被害と飢饉が各地で起こったんだよね。
「サルヴァール公爵領だけが、被害がなかった。イーリアが昔から何をしているのかと思っていたら、全て水害に対しての対策だったのだとわかった時、俺は何をしていたのだろうと悔しい思いをしたのだ」
え? それはただ単に、10年に一度ぐらい氾濫している川があって、特に対策していないのなら、川幅を広くして土手を高くすればいいと思って、開墾の魔術を開発していたのだ。
あと領都で暇そうにしている荒くれ者たちのケツを叩いて、昼飯を出すから働きやがれと、監視に魔術師をつけて領地の整備を行ってきたのだ。
大したことはしてない。
「神の声を聞くイーリアに恥じないように、俺も頑張らないといけないだろう?」
「だから電波系じゃ無いって言ってい……る……し……」
私は真っ直ぐ頭上を飛ぶ剣を視線で追う。シャルは宣言どおり。第三王子の攻撃に剣を飛ばしていた。うん。それはいいのだけど、ちょっと飛びすぎだよね。その剣。
「キャァァァァ――――――!!」
ああ、悲鳴が上がっている。我が家の愚弟がすみません。
誰かに当たってないといいけど……あ?
「誰か!」
「救護班! きてください!」
「いやぁぁぁぁぁ――――!」
誰か被害に遭っている!
私は立ち上がって、その場に駆けつけようとするが、ジオに抱えられているため動けない。
「ジオ! 誰か怪我をしたようだ」
「ここには救護所が設置してあるから、直ぐに誰かが駆けつけるだろう」
「いや、それは下の闘技場に救護所があるけど、ここに来るまでに時間がかかるだろう? 応急処置ぐらい必要だろう?」
「え? 死ねばいいのに」
「駄目に決まっている。それにシャルが人殺しになってしまうじゃないか」
「うーん? シャルディーオは喜んで良いと言うと思う」
……ジオの言葉を私は否定できない。あの愚弟の基準は微妙にずれている。
『護衛も騎士も人を殺せなければ、主を守れないよね』
とか平気で言いそうなのだ。いや、言ったことがある。
しかし、こういう場で人の命が奪われるというのは良くない。保護者もいるのだ。被害に遭った生徒の保護者もこの場にいるかもしれない。
私は剣の軌道から場所を推測し、右指をパチンと鳴らして、この場から消える。転移を使って移動したのだ。
「イーリア!」
下の方からジオの声が聞こえたが無視だ。しかし転移の場所が少しずれたな。騒ぎが起きている場所の空中に転移してしまった。だから、足元にお腹に剣が突き刺さった女生徒がいた。それも剣は座席の背もたれごと、女生徒を貫いていたのだ。
「あら? この方……」
剣が突き刺さった人物には見覚えがあった。私のことを悪役令嬢と言ったレモン色の髪の女生徒だった。
まだ治癒魔術が使える救護員は到着していない。
私が突然現れたことで、私が降り立つ場所を開けてくれた。だから、私は女生徒の側に降り立つ。
「綺麗にお腹を貫いていますわね」
これは剣を抜きながら治療するか、ズバッと抜いて血を吹き出しながら治療するか迷うところだ。
うーん……これは治療に邪魔な剣を抜こう。
「どなたか、この方が暴れないように押さえていただけますか?」
公爵令嬢仕様になった私は周りに声を掛けてみるも、この場には男子生徒より女生徒の方が多く見られるので、誰も動く様子がない。
仕方がない。魔術で拘束するか。いや、既に意識がないので、そのままズバッと抜いてもいいか。
私は剣の柄を持って、一気に突き刺さっている剣をお腹から引き抜く。その剣を闘技場に向かって投げつけた。
背もたれから解放された女生徒は前のめりに倒れていっているが、そのまま治療をおこない傷を塞ぐ。そして、足元に倒れ込む女生徒。
え? 受け止めないのかって? そういう役目はイケメンの仕事だろう。そもそも意識がない人の身体は重いし、ぐでんぐでんだから支えにくい。
私はちらりと闘技場の方に視線を向けると、私が投げつけた剣をシャルはちゃっかりと柄を持って受け止めていた。そして、血を払って、鞘に収めている。
あれは絶対に自分が悪いとは思っていない態度だ。あとで叱っておこう。
「救護班が来られたら引き渡していただけますか? 治療は終わったので、大丈夫だとは思いますけど」
私がこの場にいる人達に頼んでいると、足元で倒れていた女生徒の目が開く。
そして、勢いよく身を起こして私を見上げた。
「貴女がなんで、私の前にいるのよ!」
お腹を刺された記憶はないのだろうか? 普通は自分の状態を確認すると思うのだけど。
「悪役令嬢は退場したはずでしょ!」
「あの……悪役令嬢とは何のことでしょうか? 観劇の話でしょうか?」
私には無い知識があるようなので、聞いてみた。えっと、ガリーペルラ侯爵令嬢に。
「はぁ? イーリアフェリル・サルヴァールは陰湿で闇魔術使いの悪役令嬢でしょう!」
「……闇魔術ですか?」
闇魔術はサルヴァール公爵家の得意な魔術だから使える。だけど、得意というだけで、他の魔術が使えないかと言えばそうじゃない。闇魔術にこだわる必要もない。
そしてガリーペルラ侯爵令嬢は前の席の背もたれに手を置いて立ち上がろうとする。
「あの……出血がひどかったので、立ち上がらない方がいいですよ」
私が止めるのも構わず、ガリーペルラ侯爵令嬢はふるふると身を震わせながら立ち上がった。
「誰にも愛されていないからと言って、悪魔と契約しているのに、自覚がないの!」
「悪魔? 悪魔が出てくる物語は『マルガリータの懇願』ですね。でもあれは、結局願いは叶うことがありませんでしたわね」
「誰が不倫相手の心を手に入れる為に、悪魔と契約した女の話をしているのよ! 私は貴女のことを言っているの! 悪役令嬢イーリアフェリル!」
困ったことになった。私と彼女の周りに人垣が出来てしまった。
私が思うに彼女こそ電波系だ。悪魔だなんて想像物でしか存在しないものを出してくるなんて。
それにマルガリータの物語は、結局悪魔の声は彼女自身の声だったという落ちだったしな。いわゆる二重人格だったと。
しかし、ここで私が収めないとサルヴァール公爵家の名がなめられることになるし……遠くの方から父の威圧を感じる。
サルヴァール公爵家として収めろということなのだろう。
「それにしても、どちら様なのでしょう? 私、貴女のお名前を存じませんわ。ですのに、私は貴女から呼び捨てされるのですのね?」
私は首を傾げながら問いかける。これには周りのざわめきが大きくなる。
まさか、公爵令嬢の私に名を呼ぶ許可ももらっていなければ、初対面でこのような暴言を吐いていたことに。
「貴女は公爵令嬢である私に、暴言を言える立場なのかしら?」




