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第3話 失敗した婚約解消

 実りの秋を迎えようとしているある日。ジオルドが王都の外に行こうと誘ってきた。


「遠出ですか?」

「うん。騎獣で遠出してもいいと許可が出たんだ」


 私は庭の土を耕しながら聞いた。土を開墾する魔術の実験をしているのだ。

 ぼこぼこと土を盛り上げていっている。

 その様子をジオルドは見ている。 


「遠出と言っても、二時間ほどで着ける古代遺跡がある場所だけどね」


 二時間ほどで行ける古代遺跡……あれか!


「古代遺跡がダンジョン化しているディレイア遺跡ですか! 行きたいです!」


 ダンジョンというのはアレだ。中は迷路のように複雑になっており、魔物が徘徊する異物。摩訶不思議な場所で、ダンジョン内では色々な物が採取されるらしい。

 このダンジョンの物を採取することを生業としている職業がトレジャーハンターだ。


 私がダンジョンのことをウキウキと考えていると、ジオルドからクスクスという笑い声が聞こえてきた。


「ダンジョンの中には行かないよ。ただ、その場所に行くだけだね」

「良いですよ。どんな感じなのか行ってみたいだけです」


 場所さえわかれば、こっそり後からでも行けるだろう。くふくふと笑いが漏れる。


「お嬢様。駄目ですよ。旦那様から許可をもらってからにしてください」


 護衛のアルベルトから言われてしまった。私の心を読まないで欲しい。


「そこの護衛。サルヴァール公爵からは許可は既にもらっている。お前が口出すことではない」


 ジオルドはアルベルトの言葉を、遠出に行くには許可をもらってからにして欲しいと言われたと勘違いしたようだ。


「ジオ様。アルベルトは心配性なのです。許してくださいね……あ、岩が出てきた。これは思っていた以上に使えそう」


 ジオルドに言いながら、魔術の検証をしていると、土の中から思っていた以上の大きさの岩が出てきた。ここまで大きな岩を動かせるのであれば、開墾に使えそうだ。


「リオール。この魔術をまとめた物を領地に送って」

「いや、これはお嬢様だからできることであって、一人で施行するには負荷が大きいです」

「それじゃ、二人体制で作業を分けるとか?」

「同調をしろと言うことですか? 無理ですよ」

「無理と言って諦めない。間に同調器みたいなのかましなさいよ」

「はぁ、また無理難題を……」


 エルフは頭が固くて駄目だな。もう少し柔軟に物事を考えないと。

 リオールはブツブツと言って考え始めた。


「イーリアは凄いね。老師が言っていたとおりだ」

「老師ですか? どなたのことでしょう?」


 そいつか! 私を過大評価した奴は!

 お陰で王子の婚約者を続けることになってしまっている。王子妃教育するように、口うるさいおばさんが屋敷内を出入りするようになってしまったのも、そいつの所為だ。


 私は王子妃じゃなくて、サルヴァール公爵家の居候になるのが夢だ! 次代の公爵は父が養子を迎えるなり、新しい妻を迎えいれるなりすればいいのだ。


 まぁ、このままいけば、ジオルドが公爵になるので、私は公爵夫人になることになるのだが。


「ファングラン老師だ」


 ファングラン……もしかしてあれか……領地の執事が、父が決めた家庭教師だと、私が三歳のときに連れてきた好々爺のじいさんか。


 私は思ったよ。三歳児にいったい何を求めているのだと。

 だから私は言ってやった。勉強は嫌だと、遊びたいと。しかし、じいさんは私に勉強をさせようとした。

 勉強が嫌だった私は、じいさんが十個問題を出して、私がそれを解ければ遊ぶと言い切れば、じいさんはニコニコしてエゲツナイ問題を出してきやがった。


 私がこっそり書庫で本を読み漁っていなかったら、絶対に解けなかった。

 いや、転生した私の脳は一度記憶したものを覚えてしまうというチート脳のお陰だった。


 だから、さっさと問題を解いて、遊びに出ていくというのを繰り返すこと一ヶ月。じいさんは匙を投げた。

『わしが教えることは何も無い』

 と言われたので、一筆この者には勉学は必要ないと書いてほしいと言って、今まで勉強を免除してもらっている。


 そのじいさんにジオルドは教えを請うているらしい。


「まぁ? ジオ様。それは過大評価ですわ。私は最初に言ったとおり勉強は嫌いです」

「それはするべきことを、終えてしまっているってことで、意味がないということだよね」

「ジオ様。五歳の私は遊ぶのが好きなだけですよ」

「そう言って、領地の開拓に役に立ちそうな魔術を開発しているよね」

「うぐっ……趣味です」


 ジオルドは私のことをニコニコとした笑顔で見てきた。いや、本当に私を過大評価しないで欲しい。

 じいさんに今度会うことがあったら、いらないことを言うなと口止めしておこう。今更遅いかもしれないけど。



 そうして、私は領地から来たときぶりに、王都の外に出ることになったのだ。


 私は残念ながら騎獣には乗ったことがないので、護衛のアルベルトの騎獣に乗せられて、二時間の散策に出ることになった。


「これが私の騎獣のマロンだ」


 ジオルドが自慢気に騎獣を紹介してくれたが、白い馬だった。マロン。私は美味しそうな名前だなと思った。

 恐らく扱いやすい騎獣なのだろう。


 なぜなら、アルベルトの騎獣は硬い鱗に覆われた馬型の馬竜だ。安定性がよく、力が強く、持久力もある。口から鋭いキバが出ているから、絶対に肉食だろう。

 私のもう一人の護衛のリオールの騎獣は黒い狼だ。扱いは難しいらしいが、足は早いらしい。


 ジオルドの護衛の騎士たちは、ジオルドと同じ普通の馬型の騎獣だ。まぁ、一番無難だということなのだろう。


「もっと扱いが上手くなったら、イーリアを乗せてあげるからな」


 自慢気に言うジオルドは、年相応の少年らしい笑顔で言う。周りの護衛の騎士たちも、ニコニコとそんなジオルドを見守っている。

 いい傾向だ。あのままだと、氷の王子だなんてあだ名が付きそうだったよね。



 外に出るにはいい天気。雨が降る様子もない。日よけの外套をかぶった私は王都の街の中を興味津々で横目で見ながら、王都の外に出た。


 そしてたどり着いた場所は、森の奥深くに緑に覆われた古城だった。これが古代遺跡? 普通に城に見える。


 いや、ここから見えるのは城門で、その奥には石造りの家々が建ち並び、一番奥には高くそびえるものの、森のように茂った木々に取り込まれている城だ。

 ダンジョンはその城の地下に広がっているらしい。


挿絵(By みてみん)


「ここはトレジャーハンターの宿場や色々な商品が売っているのだ」


 とても自慢気に教えてくれるジオルド。うん。知っているけど、知らないふりをしておこう。


「そうなのですね? どのような物がここには売っているのですか?」

「……一緒に見てみようか」


 知らないと。まぁ、こんなところに六歳の王子がくることも無いだろう。護衛なんて十人もついているし、どこの団体様だとなっている。


 騎獣から降りた私達は、古びた石の城門を越えて、活気に満ちた古代の街に入って行く。


 昔の人もびっくりだと思う。まさか、森の奥深くの城がダンジョン化して、街が再び活気づいて、人々が行き交うことになると考えもしなかっただろう。


 古代の街の中はトレジャーハンターが行き交い、ダンジョンに必要な物を購入しているようだ。

 食料が売っている店、怪しい液体が入った瓶を売っている店、武器屋、防具屋は勿論、装飾品まで売っている。いわゆるトレジャーハンターを食い物にしようとしている商人が店を出しているのだ。

 そして、どうも無法地帯にも見える。


 大通りはまともな店のようだが、奥の方にある店は行かない方がいいだろうという雰囲気をビシビシと感じる。


「ここにはダンジョンから出てきた物も売っているらしい。欲しいものがあったら言ってくれればイーリアに買ってあげるよ」


 ……ごめん。副音声で国税でって聞こえてきた。


「ありがとうございます。ジオ様。でも、私はここで見ているだけで、楽しいですわ」


 一つ言えば、サルヴァール公爵領の価格帯より、ここの商品の値段設定が高いのだ。トレジャーハンターはそれなりの儲けがあるから、この価格帯でいいのだろうが、一般民衆が買うかと言えば買わないだろう。


「今日は散策ですもの。古代の街に入れて楽しいです」


 とは言っているものの、どう見ても貴族の風貌の子供が来るところじゃないな。色々舐め回すような視線を感じる。


「そう? イーリアに楽しんでもらえているなら良かった。ダンジョンには入れないけど、古城の庭に入る許可はもらっている。そこで軽く食事にしよう」

「お庭ですか? ダンジョンではないとしても、危険は無いのですか?」


 ダンジョン内ではないとはいえ、古代遺跡がダンジョン化したものだと私の知識としてある。それはこの街全体をさすのではないのだろうか。


「ダンジョンの外だから、大丈夫って騎士団長が言っていた」

「騎士団長がですか」


 騎士団長というと、貴族だよね。貴族がこんなところに来るもの? 修業のため?


 ジオルドに手を引かれてたどり着いたところは、普段は高い柵がしてあって人が入れないようになっている場所だった。


 誰も整備していない庭だから雑草まみれだと思っていたのだが、案外綺麗に整えられた庭だった。誰か管理者が綺麗にしているのだろう。


 しかし、季節感のない庭だ。春に咲く花もあり、夏の果実がなり、秋の紅葉の木が並び、冬の赤い木の実がなっている。

 まぁ、ダンジョンの影響を受けたということか。


挿絵(By みてみん)


 騎士の一人がさくさくと動いて、昼食の準備をしてくれた。一人だけ女性の騎士が交じっていると思ったら、給仕の要員だったらしい。

 (かぶと)は被っていないものの、全身を覆う鎧を身にまとっている。彼らの仕事とはいえ、大変そうだ。

 因みに私の護衛は好きな格好でいいと言ったら、脳筋のアルベルトは胸当てだけして、リオールはローブをまとって防具は着けていない。気楽な職場で良かったな。

 いや、その分私の奇行に付き合わないといけないから、大変な職場か。


 昼食は手軽にと言われたが、組み立て式のテーブルが設置され、椅子が用意され、作り置きされた料理を、給仕担当の女性騎士が盛り付けるというなんとも貴族らしい昼食となった。


 いや、収納拡張の鞄を持っているなと思ったけれど、ここまで手の込んだ昼食を外でとることになるとは思ってもみなかった。


 それから食後に庭を散策しようという話になった。

 表向きの理由は珍しい庭だからということだが、恐らく騎士たちが交代で昼食を取る時間を得るためだろう。

 私はジオルドに手を差し出して、変わった庭を散歩することになった。


 そして事件が起こった。私が懸念していたことだ。古代遺跡全体がダンジョンではないのかということ。


 それは古城の庭の池の周りを歩いているときだった。池の中が光ったような気がしたのだ。だが、池は水面が太陽の光を反射しているだけで、強い光を発するものはない。ならば、水面に映っている古城かと思い視線を上に向けると、城の窓からこちらを見ている何かと目が合った。


 人と言われると人かもしれない、人じゃないと言われると人じゃない。あれはなんだろう?

 そう思った瞬間、身の毛がよだった。全身の毛穴が開くような感じだ。


「ジオ様! 戻りましょう!」

「どうした? イーリア?」


 ジオルドは全く気がついていない。護衛の騎士たちも気がついていない。それも護衛は二人しかいない。

 誰だ! ここが安全だと言ったやつは!


 そもそも人の立ち入りが制限された庭を整備する必要なんて元からないのだ。なぜそこに疑問を覚えなかった!


 池の水面が揺らぐ。

 私は握っていたジオルドの手を引っ張り、腰を抱えて、護衛の騎士の方に投げつける。


 と、同時に水面が盛り上がり、水の中から……横目では鋭いギザギザの歯しか見えない。


「逃げて! 早く!」


 私は肩から首にかけて食い込む痛みを感じつつ、逃げるように促す。大量に吹き出す血。私の身体は徐々に宙に浮いていく。


「ジオ様を連れて遺跡の外に早く! 多分怒っている! あなた達の仕事は王子であるジオ様の身の安全を守ることでしょ!」


 何がとは言わない。自分たちの仕事をしろと言い放つ。

 この状況に騎士二人は、暴れ騒ぐジオルドを連れて、来た道を駆けていった。


「ごめんなさい。ここには立ち寄らせてもらっただけで、何かを取りにきたわけじゃない」


 取り敢えず謝ってみる。が何も変わらない。

 吹き出した血が池の水を染めている。宙に浮いた足元にボトボトと流れ落ちる血。


 その中、私の髪からポトリと水面に白い花が落ちてきた。ジオルドが私の黒い髪に合いそうだとさっき庭で咲いていた花を摘んで髪に挿してくれたもの。


 もしかして原因はコレか! 変わった大輪の花で、まるで花自体が発光しているように白く光って見える花だ。

 この花に何か意味があったのじゃないのか?


 恐らく目が合った者は、古城をダンジョンに変えたダンジョンマスターだろう。綺麗に整えられた庭は何かしらの意味があったのだ。そこに私達が侵入してきて、光る白い花を採っていった。

 それは怒るよね。


 私は宙ぶらりんのまま考える。

 この花を置いていったら、そのまま帰っていいのかな?


「お嬢様? 遊んでいるのか?」

「何をされているのですか?」


 私の護衛の二人がやってきたけど、この状況に失礼なことを言う二人だ。


「やっぱり、この庭に入るの駄目だったらしいよ」

「いや、その前に水竜の下顎を破壊しているのに、血だらけになっているのはなぜだ?」

「アルベルト。それより、お嬢様が攻撃を素直に受けていることに、悪意を感じますね」

「君たちこの状況で、酷い言い草だね」

「いやお嬢様だし」

「お嬢様ですから」


 君たちが、どのように私のことを見ているのか聞き出したいね。


 私は噛まれる直前に下顎を砕いて、瀕死になっている水竜と言われたモノに手をかざす。

 出血量が多かったのは、ほとんどこのモノの血液だ。いわゆる演出というやつだな。


「『雷撃』」


 バチッと手から放たれるカミナリにあっけなく、水の中に戻っていく。いや沈んでいくヘビのような物体。

 私の身体はそのまま空中に留まって、二人の護衛を見下ろした。


「それで、ジオルドと騎士たちは逃げてくれた?」


 私はこの庭から出ていってくれたのかと確認する。


「お嬢様の計画を先に聞きたいな」

「お嬢様。さっさと吐いた方がいいですよ。旦那様には報告しますけど」


 流石、私の行動を止める役目を押し付けられた二人だ。私の心配よりも、周りへの被害の心配をしている。


「ふん!」


 私は地面に降り立ちながら、肩の傷を治す。


「相変わらずのめちゃくちゃな魔術ですね。普通は無詠唱では発動しませんよ」

「私はできる。それだけ。ああ……お父様に私は怪我をしたため、領地で療養するからと言っておいて、それと傷がある令嬢が王子の婚約者になるわけにはいかないから、婚約を断る方向に持っていって」


 すると二人の護衛が残念な者を見る目で私を見てきた。

 何? 文句でもあるわけ?


「お嬢様。頭はいいのに、そういうところが残念なんだよな」

「それトラウマになるので、止めたほうがいいですよ」


 トラウマ? 私は全然トラウマになんてならないけど?


「なにそれ? それから、ここダンジョンマスターに目を付けられたから、さっさと帰るよ」

「は?」

「しれっと、重要なことを言わないでください」


 私はアルベルトに荷物のように抱えられ、綺麗な庭を出ていくことになった。


 ふふふ。これでジオルドとの婚約も解消になるだろう。


 私はジオルドを守って負傷、そのまま領地で療養して、王都に戻れない。完璧だ。

 それにサルヴァール公爵領までは馬車で三日かかる。王族がそれも六歳の王子が来ることもないだろう。

 私の婚約解消計画は完璧だ。



 完璧だ……ったはずだ。


 二ヶ月後。冬に入ろうかという季節。保存食にするための燻製の肉を作っているところに、訪問者がやってきた。


 屋敷の裏庭で香りの良いチップ状にした木くずに火を付け、実験として密閉した金属の中に肉を吊るして燻しているところだった。


「イーリア!」


 私は火を加減するのに気を取られていたので、背後からくる人物に気が付かなかった。そう背後から羽交い締めにされている。

 言い間違えた。微妙に首に腕が掛かって息苦しい状態になっている。


「イーリア! 生きてる! 動いている! 良かった! もう会えないかと思った……ぐずっ」


 ……何故か泣いている……これをどうしたものかと、私の実験を手伝っていた護衛のリオールの顔を窺い見る。


「お嬢様。言ったとおりでしたでしょう? トラウマになると」


 トラウマは私のことではなくて、ジオルドのことだったのか!


 こうして、最初の婚約解消への道は失敗に終わったのだった。


 そして、心配性のジオルドが誕生してしまった瞬間でもあった。



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