お覚悟ください旦那さま。あなたが隠す真実の愛、応援させていただきます!
突然ですが、結婚することになりました。
お相手は国境周辺の治安を任されているトランバル家の若き侯爵さま。突然お話がきたと思ったら、あれよあれよという間に輿入れの日を迎えて……相手方の手際がよすぎて怖い。そして、ちょっとだけワクワクしている。
というのも、わたしにはこの結婚がかなり怪しく見えている。
まず政略的観点から、わたしと結婚してもトランバル侯爵家にはほとんどメリットがないこと。にも関わらず侯爵家からの待遇が厚いのが謎すぎる。次に、わたしは侯爵閣下から目をかけられるほど美人でもかわいくもないこと。教養もそんなにあるわけじゃないし。ふつうよ。ふつう。しいて言えばの類いもない。両親もこの申し出に首をかしげているし、本当に理由がわからないのだ。
長時間乗っていた馬車から降り、足がよれよれになっているわたしに出迎えてくれた閣下が手を差し出す。顔を合わせるのはあいさつの時以来だろうか。
「ようこそトランバル家へ。長旅で疲れただろう」
そう言って閣下は白い歯をのぞかせる。
ラファエル・クロード・トランバル様。
閣下……もうこのさい旦那さまと呼びましょう。旦那さまはとってもカッコいい。町で浮名を流していたガラス職人のジョンよりも男前だ。とっても上品。それに優しい。あれなら女性側が放っておかないだろうし、ますます謎が深まる。
わたしを選ぶ理由がわたしの見えないところにあるんだと思う。とても深く込み入った理由がね。そして、わたしの素晴らしい頭脳はその答えをすでに導きだしているわ。
ずばり、旦那さまにはすでに別の女性がいて、わたしはその隠れみの!!
近頃はそういう愛と結婚は別物と考える人もいるみたいだし、そしたらこんなわたしと結婚しようとするのが理解できる。ぞんざいに扱っても文句を言えない妻だ。家格が同等であればふざけるなと言えるかもしれないけれど、うちはお父さまが騎士爵をたまわっただけで、立場としてはあちらが上の上のさらに上。むしろ侯爵家と縁を結べるのなら隠れみのごとき喜んでお受けいたしますと言わざるをえない。
そして本当なら悲しむべきこの状況になぜワクワクしているのかと言うと、実はわたし、よそさまの恋バナが大好き。仲睦まじい男女を見ているだけでニコニコしちゃうし、そこからいろいろ想像しちゃってもっとニコニコしちゃう。
もし旦那さまに愛する人がいたら、間近でその様子を見れるってことですよね! ぞんざいに扱われるのはイヤだけど、大人しくしてますから近くで見守らせてください!
馬車から降りてエントランスホールへ続く道を二人で歩く。両脇にはかっちりと正装した使用人(?)たちがずらりと並んでいて圧巻だ。さすが国境を任されている侯爵家。
武闘派が多いのか、誰もかれも筋骨隆々で顔のあちこちにキズ跡が見られる。スキンヘッドにオールバック、強めにカールした短髪と髪型もいろいろ。かっちり着こなした装いの中にもチラリと見える派手な色がオシャレだわ。なんてちらちらと視線をやっていると、両脇の人たちいっせいに頭を深くさげた。
「っしゃあああせええええええッッ!!!! あだっるらぁぁあああああッッ!!!!!」
なんて野太くて大きな声。巻き舌も入っているようだけどこの辺りのしゃべり方なのかな。きっと歓迎の言葉をくれたんだと思う。推定お飾りの妻なのにありがとう。
「うっせえぞテメーら!! 若奥さまがいらっしゃる時はでけぇ声出すんじゃねえっつっただろこのアンポンタンどもがあッ!!!」
「ひっ、す、すいやせんでしたァッ!!!!!!」
旦那さまの後ろに控えていた人相の悪い従者(?)が喝を入れると、使用人(?)たちはしおしおとうなだれてしまった。旦那さまが彼らに向ける視線は恐ろしいほど冷たく、それに気付いた数人がぶるぶると震えだしている。
なんだかかわいそうに見えて、わたしはつい口を出してしまった。
「あの、ご丁寧にどうもありがとうございます。リリーです。これからよろしくお願いします」
きっと彼らなりに歓迎の言葉をかけてくれたと思うのだ。気持ちのいいあいさつだったし。そのお礼にと思って小さく頭をさげたのだけれど、なぜか彼らは全員固まってしまい、しまいには涙ぐむ人まででてきた。なんだなんだ。状況がよくわからず横にいる旦那さまを見ると目があった。さっきまでの冷たい目はもうない。むしろちょっとご機嫌そう。
「さすがだ」
「……?」
うーん、旦那さまのお心はわたしには難しい。
やっぱり使用人たちのほうが心臓に優しいわ。父や兄の雰囲気に似ていて安心感があるもの。みんなとても強そうだし、警備の点でも安心ね。
気持ちを切り替えて前をむくと、エントランスにたたずむひとりの女性が目に入った。すらりと背が高い美人。となりにいる旦那さまが「しまった」と小さくこぼす。
失礼と思いつつも、わたしはその人をじっと見つめた。ひと目みてわかる高級なドレス。手入れの行き届いた美しい髪。背後には従者も控えていて、圧倒的高貴な気配が隠せていない。妹君ではない気がする。ということは……
わたしの心がいっせいにときめき始めた。
これはもしかするともしかして。
「あー、紹介するね。彼……女はちょっとしたご縁でいま我が家に滞在しているんだ」
すごい、あの目元にあるホクロといい、我が国の第二王子に似てる気がする。確か旦那さまと仲がいいとかなんとか聞いているけど。
「王族に似てるかもだけどぜんぜん関係ないし、仲良くしなくていい。大事なことだから何度も言うけれど、アレとは仲良くしなくていいから。ほんとに」
あああやっぱり!
彼女が旦那さまの愛する人なんですね! 大丈夫ですよ、わたしちゃんとわきまえてますから!!
◇
そんなこんなでトランバル家での暮らしが始まった。結婚式はあげたものの、「まだ俺に慣れていないだろうから」という理由でまだベッドは共にしていない。もう旦那さまったら、そのように誤魔化さなくても大丈夫なのに。そして例の女性は屋敷の離れで過ごしているらしく、姿こそ見かけないけど旦那さまはよく通ってらっしゃるようだ。
「むふふふっ」
いけないけない。旦那さまたちの仲睦まじい姿を想像してたらつい変な笑いが。
「若奥さま、なんだか楽しそうですね」
「ええ、毎日楽しいわ」
「この状況でそう言える奥さまが逸材すぎます」
「そう?」
わたしは今お茶の時間。午後の日差しが優しく入る立派なサンルームで紅茶とスコーンを頂いている。部屋には旦那さまが念のためにとつけた屈強な使用人さんがずらりと並んでいた。壁に隙間なく配置されていて圧巻だ。
「ふつうのご令嬢は怖がるものです」
そう言ってわたしにスコーンのおかわりをくれるのは旦那さまの部下だというこれまた屈強そうな男の人。一見怖い顔をしているけれど、その瞳は誰よりも理知的だ。わたしを出迎えてくれた使用人さんたちに喝をいれた御仁で名前をブルーノという。
「さすがに詰めよられて怒鳴られたら怖いでしょうけど、みなさん紳士的ですし」
「紳士、的……?」
だってうちの父や兄たちの方がよっぽど野蛮なんだもの。いつだって声は大きいし、ドアを閉める音は大きいし、そのドアもしょっちゅう壊すし、いつも汗くさいし。それに比べたらとっても行儀がいいと思うもの。
「あ、ありがとうございます! 姐さん!」
使用人のひとりになぜかお礼を言われた。いやでもあねさんってわたしのことかな。
「テメぇーこのスットコどっこいッ!! 若奥さまだ! 姐さんはやめろ!!」
「ひいッ、失礼しやしたッ!!!!! すみません若奥さま!」
また勢いよく頭を下げるものだから、やめてやめてと苦笑いで伝える。お飾りの妻なのにみんなちゃんと接してくれるんだから文句の言いようがないのに。それにしてもただのお茶の時間でなんでこんなに人が多いんだろう。
「こんなに見守ってもらわなくてもお茶くらいちゃんと飲めるわよ?」
「ちぃとばかり物騒な情報が飛びかっているもんで、若奥さまには厳重な警備をつけろと言われています。少々息苦しいでしょうがご勘弁を」
「そう……」
やっぱり国境付近だけあってそういう話が多いんだろうな。お父さまもお兄さまもそこだけは心配していたし。でもでも、旦那さまやみなさんがいたら大丈夫そう。だってこんなに強そうなんだもの。
「……それとラファエル様から伝言なのですが、離れにいらっしゃる方とは深い関係でもなんでもないからくれぐれも誤解しないようにと」
「そうなの?」
旦那さまったら、そんなに隠さなくても邪魔なんかしないのに。
いやでも待てよ……恋というのは多少のスパイスでより燃えあがるものだと本で読んだわ。ということは……ここでわたしが自ら邪魔ものになることによって、おふたりの愛がより強固なものになるのではない??? ああ、わたしはなんて頭がいいのかしら!
待っててください旦那さま、おふたりの愛をより強固にすべく、わたしがひと肌ぬぎますね!!
◇
さて意気込んだはいいものの、やり方がよくわからない。参考になるのは幾度となく読んだ恋物語のみ。ということでそこから邪魔ものの極意を学んでいこうと思う。
まず、邪魔ものの最大の目的はふたりの仲を引き裂くことだ。
そのためにあらゆる妨害をしかけていく。ふたりが会う時間をうばったり、うそを吹き込んで不仲を誘ったり、あとは神がかったタイミングで誤解を与えたり。
本当に引き裂くわけにはいかないので、これをすごくゆるゆるでやったらどうだろうか。たとえば……
たとえば……? だめだわ、全然思い浮かばない。わたしの優秀なはずの頭脳はこういう時にかぎって働いてくれない。だっておふたりを傷つけないで邪魔をするって難しいんだもの。しかも王太子にそっくりのあの方はあれから全然会えないし、そうなると仕掛けるのは旦那さまだけ。困った。どうしたものかしら。
わたしは家格の劣る家から嫁いできて、特に益をもたらすわけでも役にたつわけでもないのに、とても厚い待遇をうけている。もらうばっかりでなにもトランバル家に貢献できていない。もしお二人の恋路を応援できたら、少しは役にたつかと思ったのに。
「どうしたの、眉間にしわをよせて」
「はい。どうしたら旦那さまを恋の罠に落とせるかと思って」
あれ。わたし、誰とお話してるのかしら。
声のしたほうを見るとぽかんとした表情の旦那さまがすぐとなりに。
「だだだだだだだ旦那さまっ、いつのまにこちらへ!!??」
「ついさっき。中庭にいるって聞いたから」
わたしの挙動不審がおかしかったのか旦那さまは小さく笑い、そしてなんだか照れたご様子でわたしの手をとる。まるで壊れものを扱うかのように、そっと。
「……リリー。結婚したのにほったらかしでごめん。そろそろかたがつきそうだから」
旦那さまの瞳がまっすぐにわたしを射抜いた。胸の辺りが熱くなったのはなぜだろう。
その日の夜。
なぜかわたしと旦那さまは寝室のベッドの上で対峙していた。
そうか、分かりましたよこの状況!
新婚初夜におまえを愛することはないって宣言するやつですね!! それで「俺には別に愛する人がいるから」って言われて初夜は拒否されて。なんだかちょっとだけ切ないような……そんな気持ちになってしまった。でも、そんなの無視だ無視。
式をあげてしばらく経つから初夜とは言えないかもだけど、はじめて床をともにするという意味では立派な初夜。さあ旦那さまいつでもどうぞ。心の準備はできていますよ!
だけど旦那さまは何も言わない。
広いベッドの上に二人きり。旦那さまの真剣な目つきにとくんと心臓がはねる。……ああ、やっぱり面と向かって愛さないって言われたら悲しいかもしれない。わたしがこんな気持ちだと知られたら、旦那さまはがっかりするかしら。
目を伏せていると空気が動いた気がした。思わず視線をあげると旦那さまとばっちり目が合う。
「……ごめん、できるだけ優しくするから」
ゆっくりと旦那さまの顔がせまり、気付けばキスされていた。それもなぜか唇に。
うん???????
動揺するわたし。
ベッドへとさりと押し倒される。
あれ?
あ、あれ???
あれーーーーーーーー????????
このあとすったもんだの攻防が繰り広げられたのち、初夜は見事に完遂され、自分が大きな勘違いをしていたと気がついたのだった。
主人公:リリー
人相の悪い家族に囲まれて育ったためその手の耐久値がカンストしてる。唯一の母親似。
当主:ラファエル
リリーの夫。本当はかなりガラ悪い&口が悪い。リリーに嫌われたくなくてすんごい猫をかぶってる。
配下:ブルーノ
主人公の前では罵倒語をマイルドにしているつもり。
謎の女性(?):??????????