第捌鬼:ノース・アルスのアルスノゥ
ここは10cm先が見えない、純白の吹雪と溶けない雪『スノゥソルト』に満たされた「第参王都 ノース・アルス」────の、手前。
二人の行く手を、スノゥソルトが立ち塞ぐ。
「くそッ! 何でこの雪、炎でも溶けねぇんだッ! あああああッ!! むしゃくしゃするッ!!」
「落ち着け、アクト。
これは低密度のライフソルトが、降り積もっているだけだ。炎では溶かせない」
「何でそんなに冷静なんだよ、お前ッ!」
「“誰かさん〟が、短気だからさ」
「何だとッ!!」
「しっ! 静かにっ! 何者かの気配がする────誰だっ!!」
勢い良く振り向くアルトをよそに、そこに居たのは綿毛の様な愛らしい生物『アルスノゥ』だった。
ノース・アルスでは、雪崩を運ぶ精霊とされ『重要天災生物』に指定されており、
傷付けた者は懲役50年、そして、殺害した者は死罪となる。
「おっ、なんだこの毛玉。食えんのか?」
よだれを垂らすアクト。
「バカっ、やめろっ! 天災が起こるぞ!」
慌てた様子で、アクトを静止する。
今より千年程前、アルスノゥを傷付け、命を奪った者が居た。
すると、視界を覆い尽くす程の群れが押し寄せ、
溶ける事のない雪『スノゥソルト』が降り積もる“特異点〟と成った。
スノゥソルトはライフソルト濃度が低い為『アニマソルト』に具象化する事は稀──
しかし、900年前に一度だけ『アニマソルト・スノゥスロゥス』として具象化する。
姿は「マカイナマケモノ」に酷似していた。
当時の神子が、スノゥソルトの浄化を怠ったが為に具象化した、戒めの霊獣。
それ以来、神子は必ず五十年に一度、この地で浄化の儀を行う様になった。
浄化には三日三晩“舞う〟必要があると云われている。
“浄化の舞〟は、体内のライフソルトを激しく摩耗させる為、頻繁には行えない。
また、神子は百年に二人しか生まれない為、死なせない様に王都で保護する慣わしがある。
詳細な説明を受け、全身の血が一瞬にして凍るアクトだった──
「ももももっと早くに教えてくれよッ! 寿命が百年縮んだぞッ!」
「いいか、刺激しない様に、そぉ~~っと──って、わああああっ!? アクトっ! 肩、肩っ!!」
「ん? ……ぎゃああああああッ!!」
アクトの肩に、ちょこんと座る、小さな『アルスノゥ』
純白の体毛、短い手足、まん丸でサファイアブルーの眼。
その姿は、正に『雪の精霊』と呼ぶに相応しいものだった。
『ウキュゥゥゥ~~!』
驚かれ、怪訝そうに怒るアルスノゥ。
「な、なぁ……コイツ取ってくれよ、アルト」
「いや、このままにしておこう。刺激しなければ何も害はないさ。それに……」
『ウキュッ! ウキュッ!』
アクトの頭の上で小踊りするアルスノゥ。
「楽しそうだ。懐いちゃったみたいだな」
「そんなぁ~~……まッ、いっか。おい、お前! 飽きたら家に帰れよ!」
『ウキュキュキュ! ウキュキュキュ!』
騒ぎ始めるアルスノゥ。
「な、何だよッ?」
「もしかして、名前が欲しいんじゃないのか?」
「名前~? う~ん、そうだな────
じゃあ、お前は今から『ウキュ助』だッ!」
「絶望的なネーミングセンス……」
『ウキュッ♪ ウキュッ♪』
「よッ、喜んでるじゃねーか……。
んじゃッ! ノース・アルスに向けて出発進行~!」
『ウキュキュ~~~!』
右手を高らかに上げるアクトとウキュ助。
新たな仲間、ウキュ助が加わり、三人となった一行。
この先に待ち受けるのは鬼か、蛇か──
──あれから七日が過ぎた。
「おいっ、あれっ!」
アルトが北の方角に指を向ける。
「街だ~~~~!!」
『ウキュ~~~!!』
「漸く辿り着いたな……。疲れた……」
両腕を脱力させ、アルトが項垂れる。
「キャアアアアアア!!」
南門に入った矢先、こちらを見て蒼褪めた顔で叫ぶ女性。
「オイッ! おまえらっ! なんてモン連れてやがる!」
大男が狼狽える。
「えっ? 何だ?」
つられてアルトも狼狽える。
「その肩に乗せてるモンだよ!!
そいつは“厄災の祁者〟の幼体じゃねーか!!
そんなモン連れて王都に入るんじゃあねぇッ!!」
「そうよ! 出て行って!」
「そうだそうだ!」
──罵詈雑言は鳴り止まない。
いつぞやの出来事を想起する二人。
「用事が済んだら、直ぐに出て行くさ……こんな所」
「駄目だ! 今直ぐに立ち去れ! さもないと……」
大男が、ウキュ助の頭を鷲掴みにする。
「ウキュ助ッ! 何しやがる! ソイツは何もしてねぇだろッ! 離せッ!!」
『ウキュ~~~~~!!』
ウキュ助が、聴いた事も無い様な金切り音を発する。
──地殻が揺れ、大きな地響きが近付いてくる。
そこに現われたのは、ウキュ助の母親と思われる巨大なアルスノゥだった。
暴れ狂い、人家、噴水、モニュメント──
ありとあらゆる物を破壊する母アルスノゥ。
「やめろーーッ!! ウキュ助は無事だッ! ほらッ!」
『ウキュゥ……』
弱り切ったウキュ助を頭上に載せるアクトであったが──
『グガアアアアアアアアアアア!!』
怒髪天を衝くが如く、憤怒する。
『ウキュ……ウキュ……』
大男に掴まれた際にダメージを負い、衰弱し、か細い声しか出せなくなるウキュ助。
「ウキュ助……ウキュ助ごめん……。護って、やれなくて……」
ウキュ助の死を感じ、七日分の感情が涙と成り、一気に溢れ出る。
「アクト……」
『ウ……キュ……』
笑顔を見せながら、ウキュ助は遠くの地へと旅立つ──
「うわああああああああああッッ!!」
ウキュ助の死に触れ、アクトの身体から紫炎が止め処なく溢れ出す。
しかし、現われたのは“言葉〟を失った『サクヤ』の姿だった──
ウキュ助の遺体を抱えるアクトの腕に、そっと手を重ねるサクヤ。
「サクヤ……?」
優しく、温かい紫炎がウキュ助の身体を包み込み、そして体内へと流れ込む──
鍵の紋様が刻まれた、右の「淡藤の眼」を通じ、アルトは視ていた。
淡藤の眼、それはライフソルトが目視可能となる「伝説上に登場する眼」
流れ込んだのは紫炎、つまりアクトのライフソルトだ。
言葉を失ったサクヤの正体は、アクト自身のライフソルトの塊。
つまり“具現化〟ではなく“具象化〟だった。
アクトの想像上の疑似的なサクヤ──それが正体だ。
しかし奇跡は起きた──
サクヤは“紫の稀血〟の持ち主。
紫の稀血は紫炎と成り、仇なす者を退け、慈愛を持つ者には癒しを与える。
アクトは天性の才で直感的に稀血を理解し、具象化した。
サクヤの記憶と共に──
『ウキュ……ウキュ?』
そこには、眼を開けるウキュ助の姿があった。
「う、うゥ……ウキュ助~~~~!!」
『ウキュキュ~~~~!!』
すっかり静まり返る母アルスノゥ。
奇跡を目の当たりにし、響く人々──
「す、すまなかった……」
深々と頭を垂れる大男。
「オレに謝ってもしょうがねぇ。コイツに謝りな」
ウキュ助を大男の眼前に突き付ける。
「そ、そうだな……。すまんっ!」
『ウキュ……ウ~~キュッ!』
ポムッ── ウキュ助のフワフワの足が大男の額を蹴りつける。
「これでチャラにしてやるってよ」
「ありがとう……ありがとう……」
大男は、その体躯に似合わぬ綺麗な涙を流した。
「おーーーーい! ママ助~~~~!!」
「ママ助っ!?」
『ウキュキュッ!』
大声で母アルスノゥを呼ぶアクト。
相変わらずのネーミングの酷さに、狼狽えるアルト。
笑うウキュ助。
「ほらウキュ助、かーちゃんだぞ……行けよ」
『ウキュキュ! ウキュキュ!』
「行けったら! これからオレは、もっと危険な“死地〟に向かう──
今の弱いオレじゃ、お前は護れねぇ……だから──ッ!!」
『ウキュ……』
アクトの言葉にならぬ想いを感じ取り、ウキュ助は母の下へと歩き出す。
「ウキュ助ッ! この旅が終わったら……絶対、絶対また会いに来るからッ!」
『ウキュッ!』
ウキュ助が誇らしげな顔で、天高く飛び上がる。
二人はウキュ助と、その母の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見つめた──
「──そろそろ行こうか、アクト」
「──ああッ!」
死法術師を捜す為、再び二人は歩き始める。