第柒鬼:出立・旅路・死法術
「──行ってきます」
グリフォンとフェンリルから生まれた白き幻獣『グリフェン』の羽で創られた刀『白羽リーシュ』と、三日月の力を具象化し創った〖夢月クレシエンテ〗を腰の後ろに交差させ、身形を整えたアルトが寂しそうに別れの挨拶を済ませた。
「アル君、アックン──キレイなお姉さんがいても付いて行っちゃダメ……だよ?」
涙を浮かべるアルマ。
「母様……っ!」
顔を赤くし、拳を顔の前で握り締めるアルト。
「うッ……ぐすッ……」
アクトは大粒の涙を流す。
「あらあら、アックンったら……おっきな赤ちゃんみたいね……」
涙を堪えながら、ネグリジェ姿でアクトを抱き寄せるアルマ。
「いつでも……帰って来なさい。この城はもう、君の家みたいなものだ」
優し気に、そして寂し気な表情を浮かべたゼクトが、アクトに向けて言う。
「はい……。行ってきます──」
涙を拭い、溢れる言葉を吞み込み、歩き出すアクトとアルト。
寄り添い合い、二人を見送るワールズ夫妻。
一歩ずつ、足場を確かめる様に歩みを進める二人。
逸る気持ちを抑え、歩くような速さで──
──数日後。
「はぁぁぁぁっっ!!」
キィィィィン────
刀と刀がぶつかり合う金属音が響き渡る──
「ぐッ!」
「どうしたアクト! 朝食のマカイフグの毒にでも中ったか!」
「う、うるさいッ! 寝起きで調子が出ないだけだッ!」
「あの時みたいに“顕現〟してみせろっ!」
「く、くそッ……! 調子に……乗るなァァァァッ!!」
アクトの全身が紫炎のライフソルトに包まれる。
「いいぞ、アクト! その調子だ!」
「ウオオオオオオオオッッ!!」
炎の勢いが強まる。しかし──
「……くッ! くそッ、くそッ……!
何故だ……何故『サクヤ』を顕現出来ないッ!
あの時は、出来たじゃないか──ッ」
苦虫を嚙み潰した様な表情で『骸刀・朔夜』を握り締め、アクトは地面を殴る。
あれ以来『骸刀・朔夜』は、闇夜の様な漆黒に染まっていた。
「……休憩だ、アクト」
「オ、オレは未だ──ッ」
「休憩だ!!」
「……くそッ」
暫くの間、沈黙の時間が流れる──
「何で……なんだろうな」
沈黙を破るアルト。
「オレが知るかッ!」
睨みつけるアクト。
「あの時はどんな感覚だったんだ?」
「あの時?」
「“サクヤを顕現した時〟だよ!」
「…………」
目を閉じ、アクトは記憶を遡る。
ゼクトとの闘いで、感情が昂り『死』に恐怖し『死』と向き合い『死』に抗ったアクト。
そして──
「ふーん……。じゃあさ、“死〟を感じれば良いって事か?」
そこから始まったのは、想像を絶する修行──いや、苦行の日々だった。
「ぎゃああああああああッ!!」
狙った獲物は逃がさない『マカイラッコ』に追い回され──
「うわああああああああ…………」
100mの滝へと突き落とされ──
「ああああああああああああッッ!!」
世界の高過ぎる塔TOP10の堂々3位に君臨する天極塔の天辺から落とされ──
「ハァッ……ハァッ…………」
「じゃあ次は──」
“世界の危険な場所図鑑〟を開きながら、アルトが呟く。
「もういい……」
「えっ? でも──」
「もういいッ!!」
怒鳴り散らし、そっぽを向くアクト。
「こんな事したって、無駄だったんだッ!」
「──アクト、お前……どうしたい?」
「どうって、ヤツらを……マーダー・レイルと黒廼 蘇汪を倒したいさ!
サクヤの仇を討ちたいさ! でも、こんな事したって……」
ゴッ──
固く握り締められたアルトの拳が、アクトの頬に当たる。
「いッッ! いってええええッ!! 何すんだよッ!」
「──今のお前の姿を見たら、サクヤはどう思う?」
「そんなの……」
「本当は解ってるんだろ? このままじゃレイル一人倒す事すら叶わない、って」
「分かってる……解ってるさ!」
『骸刀・朔夜』を握り締め、立ち上がるアクト。
「いいや、解ってない。少なくとも、今のお前には」
「今の……オレ?」
「腑抜けてるんだよ、今のお前。レイルの隣には、アイツも居るんだぞ?
測り知れない力を隠した──」
「あの狐野郎……」
「奴を前にして、ライフィールド最強と謳われた父様でさえ、畏怖していたんだぞ?」
「でもオレは一度、その“最強様〟を退けたんだぜ?」
「……お前、あれが父様の本気だと思っていたのか?」
「えッ……」
「お前には見えたか? 父様が『黒廼 蘇汪』に放った“無限の斬撃〟」
「いや……」
「俺も見えなかった。あの後、父様と母様が話しているのを聞いてしまったんだ」
『黒廼 蘇汪』との邂逅の日──
「アナタ、だいじょうぶ?」
「いや~、参った参った。無限に等しい斬撃を入れたつもりだったが──」
「利かなかったの?」
「一切の手応えが無かった。まるで“何か〟に丸吞みにされている様な……」
「──アナタがそう思うのなら、きっとそう……なんでしょうね」
──時は流れ、現在。
丁度、あの日に見た満月が、頭上に来ていた──
パチッ……パチパチッ──
焚火が心地の良い音色を奏でている。
「なぁ、アクト。これからどうする?」
焚火の火が、アルトの天色の左眼に映り込み、ゆらゆらと揺れる。
「…………」
地べたに寝そべり、濃紺の海に浮かぶ満月を見つめるアクト──
「アクト、聞いてるか?」
「──わかんねぇ。オレはこれから何をすべきか」
「城に戻るか? また、母様に甘やかしてもらうか?」
「それは嫌だッ!!」
勢い良く起き上がり、アルトを睨む。
「そういえば──この遺跡に来る前に寄った「第弐王都 ラィフィス」の酒場でこんな話を聞いたよ。死を操る、死法術の噂──」
──時は遡り「第弐王都 ラィフィス」の酒場・ラフス。
「噂は本当だったな……」
大剣を傍らに、大柄な剣士がぼやく。
「ええ……少し期待した自分もいましたが……」
続いて、銃剣を携えた銃剣士が言う。
「あの爺さん、どうして“死法術〟を教えないんだろうな!?」
マカイトカゲの骨付き腿肉を頬張りながら、全身筋肉の巨漢が大声を上げる。
「ちょっ! 口に物入れながら叫ばないでって、いつも言ってるじゃないですかっ!
と、飛ぶっ! 汚っ!」
大人の階段に足を掛ける、魔術師の少女が騒ぐ。
「悪い悪い! ガハハッ!」
「だーかーらー!!」
雑踏とした騒々しい酒場の雰囲気に、懐かしさを覚えるアルト。
「坊や、歳いくつ? ミルクで良い……かな?」
甘い声色で、アルトに囁くウェイトレス。
ふんわりと風に乗り、懐かしく甘い、マカイベリーの香りが漂ってくる──
「母さっ──」
香りのする方に顔を向けると、母アルマの面影がある女性が、不思議そうにこちらを見ていた。
「ん~? どうしたの? お母さん……じゃないよ?」
クスクスとイタズラな笑顔を振り撒く、夕日色のセミロングヘアのウェイトレス。
そんな姿も、母アルマを想起させた。
「私はミーヤ! 23歳独身っ! 彼氏or旦那様、絶賛募集中!! あなたは?」
「お、俺はアルト。13歳……独身。趣味は鍛錬と読書と電脳アイドル……あっ──」
「ふふっ。これじゃまるで、お見合いみたい……だね。電脳アイドル、好きなの?」
「は、はい……。蒼空ルエノさんが……」
「あー! あの、おっぱいが逞しいお姉さん!」
たわわな余りある豊乳を寄せ上げ、アルトに見せつける。
その大きさは“マカイスイカ〟以上だったと、アルトは語る。
アルトは赤面し、頭を垂れる──
「今日はどうして、この街に? 何処から来たの?」
「第壱王都から来ました。実は──」
友の存在、友が抱える苦悩と課題。旅の目的。
それら全てを打ち明けるアルト。
ミーヤは何も言わず、ただコクコク──と、首を縦に振る。
「そういえばさっき、冒険者達が“死法術〟の話をしていました。
どういったものなんでしょうか? 名称からして“死〟に纏わる──」
「アルトくんっ!」
青ざめた顔で、詰め寄るミーヤ。
「ど、どうしたんですか?」
「死法術には……絶対に近付いたら……ダメ……。
あれは……あれは自分の命を“贄〟に捧げて、その分だけの“力〟を得る禁術……。
“死に最も近付く〟危険な呪法なの。だから……だからっ! 絶対に触れてはダメ……」
マカイベリーに良く似た、色鮮やかな紅い瞳に涙を浮かべる。
「い、いやっ、俺は触れないです……多分……」
「私のお父さんはね、死法術の研究者だったの。
最初は“ライフソルト欠乏症〟っていう病で死んだお母さんを蘇らせる為に始めた研究だった。
日に日に死法術に魅入られて、まるで生気を吸い取られているかの様だった……。
最期はね、骨と皮だけになって、お母さんの名前を呼び続けながら死んじゃった──
私には止められなかった……。私の声が耳に届いていなかった……。
だからね、もう誰にもあんな思いはしてほしくないの」
「そんな過去が……。何も知らずに、ごめんなさい……」
意気消沈し、膝の上で固く拳を握り締める。
「ご、ごめんねっ! 暗い話になっちゃったね!」
「何か飲むっ!? マカイモーモーの生ミルクがオススメ……だよっ!」
「じゃ、じゃあそれで……」
「かしこまりー!」
誰よりも明るく、眩しい笑顔で敬礼し、ミルクを注ぎ始めるミーヤの過去は、
アルトの想像を絶していた。
彼女が誰よりも明るく振舞うのは、
凄惨な父の死を思い出さない様にする為だったのかも知れない──
──焚火の音だけが響き渡る、静寂のデス・カルマ遺跡。
死法術の存在をアルトから聞いてしまったアクトは、身震いした。
これで漸く、もう一度サクヤに触れられる、仇を討てる──と。
「死法術を知ってる術師は、何処に居るんだ?」
「冒険者の話では、北方の“第参王都 ノース・アルス〟らしい」
「らしい? 随分と、あやふやじゃないか」
「しょうがないだろ。術師の下へ辿り着いた冒険者達は、
詳しい場所の記憶だけスッポリと抜け落ちてたんだから」
「ふーん……。きな臭い話だな。よし、決めたッ! 向かうはノース・アルスだ!」
立ち上がり『骸刀・朔夜』の切っ先で北を指すアクト。
「無理はするなよ、アクト──」
哀しい目を向けるアルトは、ミーヤの話を思い出していた。
「無理? そんなもの生まれて此の方、一度もした事はないッ!」
どや顔で息巻くアクト。
「さて……寝るかッ!」
「今日も疲れたな」
「主に! オレが! なッ!!」
新たな目標“死法術〟を見据え、二人は焚火と共に眠りにつく──