雷鳥探し
未だに有線イヤホンを使い続けているため周りの人から「ワイヤレス買え」と口を揃えて言われる。同じ境遇の人はきっといると俺は信じている。
「鳥を探してほしい?」
鈴鳴さんの言葉に卓を挟んで向かい合う女性は深く、その隣にちょこんと座る男の子はより深く頷いた。
この日、事務所としている洋館の門を叩いたのは妙齢の女性と小学生くらいの男の子だった。見たところ親子だろう。鈴鳴さんはその人たちを応接間に通し、そこにあるソファに座るよう促した。
二人が席に着くと鈴鳴さんもテーブルを挟んだ反対側に座り、
「では御用件をお聞きしましょう」
「はい……」
サイクロンファントムでは拠点となる凛道街の見回りや犯罪抑止の他に、街で起こる事件の解決も生業としている。のでこうして門を叩くものが時々ではあるが訪れる。警察組織が機能していない今の世界で『安全』と言うものは街の人々が何よりも求めるものだ。街の平穏の対価として報酬を貰う。その報酬を貰うからには俺たちが街を守る。一昔前のヤクザのような関係で凛道街とサイクロンファントムは繋がっている。この自警団と街との関係は特段珍しいことではない。警察機能が崩壊したこの世界では他の街でも普通に存在している。まぁ自警団の役割が個人か組織かの違いがあるかくらいだ。
閑話休題。話を戻そう。
高野と名乗った親子では小さなインコを飼っていたらしい。家族からは電ちゃんという名で親しまれ、魔粒の影響もさほど受けないまま元気に過ごしていた。だがある日カゴの檻を開けた瞬間、窓から飛び去ってしまい行方がわからなくなったらしい。慌てて追いかけ、自分達で探してみたもののやはり見つからず藁にもすがる思いで来たようだ。
「こんなお願い……聞き入れてくれますでしょうか?」
全てを話し終えた母親と思われる女性が不安そうに尋ねる。
「ええ、あなた達の小鳥を私たちの方でも探してみましょう。」
鈴鳴さんはさも当然と言ったように二つ返事で答える。その言葉に親子は安堵の表情を見せた。
「つきましては、その鳥のことについて何か情報はありますか?」
「鳥じゃなくて電ちゃんだよ!」
側に座っていた男の子が声を上げる。どうやらこの子にとって小鳥、もとい電ちゃんは相当思い入れが深いようだ。
「すまない、訂正しよう。電ちゃんについて何か、たとえば体の特徴とかそういったものはありますか。」
「あっはい、こちらの。」
そう言って母親がカバンから一枚の写真を取り出す。見るとそこには一匹の小鳥が写っている。全体的に小振りで白い頭と薄青の胴体、そして羽には濃い黄色の稲妻マーク。流れからしておそらくこの鳥が電ちゃんなのだろう。
(このマーク。どこかで……)
鈴鳴さんは感じた違和感を顔に出さずに
「なるほど。これだけの特徴があればすぐに見つけられそうだ。あなた達の依頼はしかと受け取りました。」
依頼を請け負った。
よろしくお願いします、と洋館から退出する直前まで深々と頭を下げる親子を見送った後、鈴鳴さんは
「莉音、仕事だ。鳥を探すぞ。」
その足で俺を巻き込みにやってきた。
「えっ俺ですか?」
ちなみに俺は今前回起こった襲撃事件の報告書を作成している。あの後任務が立て込んで報告を後回しにしていたのだ。通常、報告書は関わった人間の誰か一人が書けば良いのだが尾上さんは傷の治療中だしタケルは……絶対書かない。性格的に。
ちなみに尾上さんは「動かないと身体が鈍る!」と言いながら入院中にも無理矢理稽古をして無駄に入院期間を伸ばしている。
「ああ、今はお前しか手が開いていないからな。」
「探し物だったらタケルとかの方が適任じゃないですか。」
オオカミに獣化できる春屋タケルにとって探し物系の仕事は十八番。どこかにいるはずだろうと思い呼び出そうとしたのだが
「あぁ、あいつならボスからの直接命令でこの近辺の調査に行ってるから手伝えないぞ。」
どうやらタケルはタケルで仕事があるらしい。
「というか動けるやつらはみんなタケルみたいに出払ってる。三人で探した方が早く終わるだろ。」
そう今この部屋にいるのは俺と鈴鳴さんだけ。故に俺に声がかかるのは当然と言える。この前起こった凛道街の襲撃事件以降心なしか人の出入りが激しくなったような気がする。俺が組織に入ってから調査でここまで人が少なくなることはなかった。日々の日常が少しずつ崩れていく底知れぬ不安を感じる。
「まあなんにせよお前しかいないから、ほらさっさと準備しろ。」
どうやら鈴鳴さんは俺を諦めるつもりはないらしい。
「わかりましたよ。よしっ、チャッチャと終わらせちゃいましょう!」
俺しかいないならしょうがない。探し物の依頼など二人で簡単に解決してみせるわ。
……ん?
でもそういえば鈴鳴さん『三』人と言っていなかったか?
――――――――――――――――――――――――――
「なんで私まで付き合わないといけないのよ。」
無線越しにユキの不機嫌な声が聞こえる。いつもは無線越しでもわかる透明度の高い声も今は機嫌の悪さで濁ってるようだ。
「いいじゃねえか。ユキちゃんも凛道街をしっかりみたことはねぇだろ」
自身の得物である鉄棒を担ぐ鈴鳴さんが笑い声混じりに宥める。
洋館を出てから数時間後、俺と鈴鳴さんは近くの繁華街を抜けて住宅街に来ていた。
手始めに洋館近くから探してみたもののやはり簡単には見つからない。そこで電ちゃんの住処の近くにいるのではないかという考えで高野家の近くをグルグルしている。因みにこの提案は俺によるものであり根拠はない。
「ユキちゃんは莉音とのバディ慣れてきたかい?」
鈴鳴さんは若干飽きてきたのかユキとの雑談に勤しんでる。
「まぁお陰様で。」
「ほう、良かったじゃねえか」
鈴鳴さんが肘で突きながら聞こえないくらいの音量でからかってくる。いや絶対社交辞令でしょ。と思っていると
「正直こんなにバカだと思ってませんでいた」
「な⁈」
ユキから発せられた突然の言葉の棘に俺は言葉を失う。
「何も考えずに戦うし、交渉能力はないし、すごいお人好しだからすぐいろんな人に絆されるし」
言葉の棘が心にグサグサと音を立て刺さる。悲しいことに全て心当たりがあるため弁明することはできない。
「いいだろお人好しでも。ユキだって家事できないしだろ」
よろけながらも言い返す。するとまさか反撃されると思っていなかったのだろう。ユキの言葉が一瞬詰まる。
「しっ仕方ないじゃない。私の部屋キッチンないんだし」
ユキはまるで言い訳する子供のような雰囲気で釈明する。だが俺は知っているぞ。
「だとしても三食甘味は健康に悪すぎるだろ!」
「そっそれは……」
言い返せなくなったユキはぐぬぬと歯軋りをする。常日頃色々言われているのでこれくらいの反撃なら許されるだろう。
「ハッハッハ!でもお前達がそんな感じで良かったよ」
「「?」」
大声で笑う鈴鳴さんを見てデバイス越しに火花を散らす俺たちの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「見たところそんなに仲悪くなさそうだし、もっとバチバチかと思ってたわ。」
その瞬間、もしやこれまでの雑談は俺とユキの関係値を測るためのものだったかと納得する。考えてみればユキ本人の顔を見たのは最初の一回だけ、なんならほとんど話さなかったのによくもまあここまでの間柄になったものだ。そう考えると意外と良いコンビなのか?
「二人で何回か行動してたんだろ?どんなことしてきたんだよ。面白いやつお願いしたいね」
雑談の続きなのだろう。俺に話題を振ってきた。
「えっ、面白い話って言われても……何が良いと思う?」
話題に困った俺はユキに振るが
「なんでも良いんじゃない?」
そっけない返事。どうやらまださっきのことを根に持ってるらしい。
とりあえず直近に解決してきたものをかい摘みながら話す。俺は話が上手い方ではないのでウィットに富んだ話は出来なかったが(実際ユキからは呆れと思われる溜息が何度か出ている)それでも鈴鳴さんは面白がってくれていた。こんな会話をしている間にも鈴鳴さんは周りを常に注視し、ユキは俺のイヤーカフに搭載されたカメラを通じて監視してもらっている。それに対して俺の仕事は近辺を彷徨きながら首をキョロキョロ動かしながら小噺をするだけ。一人だけ労力が違いすぎるが気にしてはいけない。
どれほどの時間が過ぎただろうか。それまで俺と並んで歩いていた鈴鳴さんが突然足を止めた。
「……煙だ」
どうしたんですか?と俺が声をかける前に走り出していた。一瞬だけ見えたその顔はさっきまでのものとまるで別人のものだった。
俺は驚きと共に鈴鳴さんが走る方向に視線を走らす。
だが一見するとなんの変哲もない、
いや目を凝らすと微かだが黒色の一本線が青一色の空に走っている。
鈴鳴さんはいち早く黒煙、即ち危機を察知したのだ。
その事に気づく頃には俺と鈴鳴さんとの距離はグングンと引き離されていた。
「あぁ、ちょっと!」
空いた隙間を縮めるように慌てて俺もついていく。
そしてこの後俺たちにとって予想だにしない出来事が待ち構えていた。
【変身型】
フェーズ2粒人の分類の一つ
昆虫や獣、伝説上の動物などに変化する能力全般を指す
変化時に魔粒を消費するため変身体がどんな場所でも継続できるのが特徴