狼少年の変身
書きたいことに対して書くスピードが圧倒的に足りない、
タケルと共に慌てて向かった先には地獄絵図が広がっていた。
この場所"C6地区"は本来大通りを中心に、サイドに商業施設がバラックが並びたつ活気ある市場だ。それがそこかしこにまるで銃弾が貫通したかのように穴が空いている。倒れている建物や、中には炎をあげている建物もありもはや道か建物かの区別も付いていない。
「これは……一体誰が!」
タケルが唖然とする間にも俺は素早く周りを見渡す。すると所々に逃げ遅れたであろう人たちが瓦礫の影にうずくまり隠れていた。
先ずは街の人の避難だ。とタケルに指示を出そうとした瞬間後ろから醜悪な笑い声と共に近寄ってくる者たちがいた。振り向くとざっと十人程度か、明らかにガラの悪そうな男たちがいる。
「ギャハハ!おいおい随分と遅かったじゃねえか?自警団さんよぉ」
先頭にいる人物が下卑た笑いを浮かべながら叫ぶ。革ジャンにテガロンハットというカウボーイスタイルの男。その顔はこれ以上にないほど醜く成り下がっている。
「これはお前の仕業かぁ⁉︎」
タケルが憤慨する。こいつは凛道街で生まれ育った身。その怒りは最もだ。
「ああそうさ。ここをめちゃくちゃにしたのはこの俺"新堂"の仕業だよ」
新堂と名乗った男は悪びれもせずに堂々と開き直った。
「テメェ……!」
「落ち着けタケル。先ずは逃げ遅れた人の避難が先だ」
タケルも本心ではわかっているのだろう。すぐに了承した。
「おいおいそんなことさせるとでも思ってるのか?」
新堂が手を挙げる。同時に背後に控えていた部下たちが一斉に銃を構えた。
「俺の目的はお前たちの首だ。もらっていくぜぇ!」
掲げた手の指が鳴らされると共に10丁の銃口が一斉に火を吹いた。
瞬間、鉛玉から逃れるべく俺は右に、タケルは左にそれぞれ跳ぶ。俺は近くにあった瓦礫の影に飛び込んだ。陰に飛び込むとイヤーカフから声が聞こえる。しかしそれはいつもの慣れ親しんだユキの声ではなく男の、もっと言えば声変わり前の男児の声だった。
「あっぶねー。くそ、簡単に発砲しやがって」
「なっ⁈タケルなんで通信できるんだよ」
「戦闘のために通信機つけるのは普通でしょ」
慣れ親しんだ声、もといユキにつっこまれる。
戦闘時の連携のために通信機をつける。
うん、確かに普通だ。
というか俺も前まで付けてた。
常に超高性能通信機を付けているせいで忘れてた。
「わっ悪い。そうだよな。でどうする?」
「俺と莉音さんで比べるなら救助に向いているのは僕の方っす。三分あれば全員遠くまで離しますよ」
「わかった。なら俺はあいつを引きつける」
作戦を立てた俺はタケルに意識を向けさせないよう、敢えて新堂から見えるところに表れる。
「刀野郎!まずはお前からだ!」
こちらの目的通り新堂とその部下たちは俺に狙いを定めてくれた。向けられた銃口が一斉に火を吹き弾丸の嵐が飛び出す。だが……
「直線的だぜ!」
俺は左へのサイドステップで鉛玉を躱す。相手が銃を撃つとわかっていればタイミングで簡単に避けられる。
これで能力者でもない人間に集中砲火を完全に外された部下たちの顔に動揺が走る。
……とら思った。
しかし奴等の顔の張り付けた笑みは消えない。それどころか新堂に至っては笑みを強くしているではないか。
何かがおかしい。そう感じた次の瞬間、右から超高速のなにかがすぐそこまで迫ってきていた。
俺は反射的に抜刀。その勢いで飛来する物体を打ち落とした。
キンッ!
と鋭い金属音が鳴る。
(やっぱり銃弾か!)
「おーやるねぇ。俺様の追尾する弾を初見で見切るなんて。大抵のやつはこれで死ぬんだけど」
そう口にする新堂は部下と共に追撃の手を緩めない。何十もの弾丸に混じって数発こちらを追尾してくる弾がある。
こんなの躱せるわけないだろ!
俺はなんとか弾丸を弾き避けながら瓦礫の陰に身を隠す。
なんか最近隠れてばっかじゃね?
「ホーミングする弾とか…どうやって避けるんだよ…」
誰にいうでもなく一人愚痴る。するとユキが
「躱す方法ならある」
「えっマジで⁉︎」
驚きの余り瓦礫から頭が少し出てしまう。そこを見逃さず銃弾が飛んできた。俺は慌てて頭を下げる。
ユキは俺が避け続ける間に一人であいつの対処法、そして勝ち方を確立していた。
「よく聞いて。――――――――――――――――――」
「なるほど確かにその仮説があっているなら勝ち筋は全然あるな。」
「問題はそれだけの速さが出せるかだけど」
「俺をあの時のままだと思ってもらっちゃ困るぜ!」
いうや否や俺は腰につけたハンドルを全力で捻る。足に猛烈な力が加わり途轍もない推進力で瓦礫の陰から飛び出した。
オーガ戦の時とは違い暴れ狂う推進力を完全に制御できている。
一週間の警護任務がてら物凄い時間練習してたからなぁ!
(アクセル全開!)
「また撃たれに来……って速!」
想定以上の速さに奴等は混乱。闇雲に銃を乱射するが俺の体に当たることはない。もちろん新堂の銃もだ。俺向かってホーミングすることなく真っ直ぐに弾は飛んでいく。
(やっぱりな)
ユキが立てた能力の仮説。それは"視認していなければホーミング弾は打てないのではないか"というものだ。新堂は魔粒を媒介として弾丸に追尾性能を与えている。それがいつどんな状態でもできるのならば俺とタケルが瓦礫に隠れている時に銃撃することで万事解決だったろう。それをしなかった、否できなかったのは新堂視点で俺たちの姿が確認できなかったからだ。なら姿が視認できない、つまり"視認できないほどのスピードで走り回れば弾丸は追尾してこない"ということではないか。
幸いにも倒壊したバラックなどで身を隠す場所はたくさんある。走る、隠れる、アクセルを吹かすを続けることで俺は奴らを攪乱させることに成功した。
「莉音さん!残った人たちの避難全員終わりました」
無線からタケルの報告が来る。ならこれで
「心配なく暴れられるぜ!」
俺は見失って混乱しているいる新堂の部下二人をいっぺんに背中から切り裂く。突然背後から斬られた部下たちは断末魔の悲鳴と共に地に倒れた。
「なっ⁈どうなっていあがる⁈」
新堂が狼狽の声を上げ、銃を構える。だが追尾弾丸を撃とうにも俺を視界にとらえることができない。
さらに時々瓦礫を蹴り上げることで牽制と混乱を引き起こしている。民間人を全てタケルが逃した分、遠慮なく仕掛けることができる。
そしてこの道はアスファルトではなく乾いた土。俺が走れば走るほど土煙が舞い視界が悪くなる。
それでは俺も切る対象が見えないのではないか?
いやいや、あいにく俺には非常に頼もしい相棒がいる。
「北西方向14歩行ったところに一人いる」
イヤーカフに着いたサーモグラフィーカメラで観測するユキがリアルタイムで情報をくれる。俺はユキの指示を信じて切っては走り、また切っては走りを繰り返し、煙が晴れると残るは新堂ただ一人になった。
「どっどっどうして……?」
「残るはお前だけ。『凛道街の掟』を知らないとは言わせないぜ」
俺は新堂を睨み居合の体制をとる。
「うあああああぁぁ!」
完全に敵意を喪失した新堂が見せたのは怯え。その瞬間奴は生き残りたい一心からだろう、めちゃくちゃに銃を乱射した。だが不意打ちでもなく追尾もしない直線的な銃弾を避けることなど容易。
「おっと」
再び新堂を見据えると奴は背を向け、地を這う勢いで逃げ出していた。俺はとどめを刺すために足を踏み出す。が新堂が逃げた方向を見てその足を下げた。
「……きっとやってくれるでしょ。」
俺の態度を怪訝に思い声をかけるユキの声を聞こえないフリをして俺はボスへの報告の為に一足先に洋館へ戻るのだった。
――――――――――――――――――――――――――
(クソクソクソ!なんなんだよあいつ⁉︎)
這う這うの体で戦闘から離脱し瓦礫の影で隠れる男、新堂は心の中で悪態をつく。
魔粒に冒され『追尾する弾丸を発射する』能力者となった俺は元々の射撃スキルも相まって非合法のバイトを請け負う集団をつくりそこそこ順風満帆な生活を営んでいた。
(それなのに……!)
ある日突然来た来訪者は一言「凛道街で暴れろ」とトランク一杯の金を置いてすぐにいなくなってしまった。俺は肌で感じた。こいつに逆らってはいけない、と。暴れなければ必ず報復が返ってくる、と。まさに蛇に睨まれたカエルのようにその時は動けなかった。強迫観念に駆られながら仲間と一緒に凛道街に繰り出した。所詮は小さい街ちょっと暴れてすぐにずらかろうと思っていた。
思っていたのに……
(ここからどうやって逃げ出すか……?)
あの刀野郎の高速移動に加えて俺が銃を乱射したせいで魔粒はもうほとんど残っていない。いくら腕に自信があるとはいえ安心材料が減っているのは確かだった。
次の瞬間
ガタッ!
そばにある崩れたバラックから物音がした。音は遠い。だが俺は見つからない為に全力で気配を殺す。しかし物音はまるでわかっているかのように自分の方向に向かってきていた。そうして物音に合わせて真正面の瓦礫が倒れる。そこに立っていたのは……
犬だった。
「なんだよ……脅かし上がって……」
犬は立ち去るでもなくただじっと俺を見据えている。
「なんだよ。どっかいけ!ブチ殺すぞ!」
「油断したね」
どこからか聞こえる声と共に犬の体が黒い粒子に包まれながら変化していく。赤と黒のボーダーシャツ。棘がついた腕輪。口元には鋭い犬歯。そしてウルフカットの髪型に入った一筋の紅いメッシュ。ただの犬が人間に変身していく様を俺は腰を抜かして見ることしかできなかった。粒子が晴れると、つい数秒前まで大型犬がいた場所は中学生ほどの少年が立っていた。
その顔を見た瞬間ハッとする。
その少年の顔に新道堂は覚えがあった。最初の方、刀の青年と一緒にいた小僧だ。そこで気づく。青年がこっちにこなかったのはこの小僧が既に向かっていたからだと。俺はこの仕事を請け負った時点で負けていたと言うのか……もはや銃を撃つ気力も湧いてこない。
「オオカミの嗅覚ナメんなよ」
そう言う彼の眼には俺に対する憎悪の炎が色濃く焼き付いている。同時にとても人間のものとは思えない、まるで獰猛な肉食獣のような鋭い爪が俺の首を狙って飛んでくる。それが新堂が最期に受けた攻撃だった。
【貨幣】
商品の交換価値を表し、商品を交換する際の媒介として用いられ同時に価値貯蔵の手段となるもの。
街独自の貨幣を使うところもあれば旧日本円を使うところもある。