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PROJECT • AXL  作者: 銀鱗
黎明
15/18

護衛任務②

近頃布団の拘束力が上がっている気がする

 この世界には魔粒が充満している。それが人にもたらす恩恵は様々だが同時に害を与える毒物でもある。その中でも「人体に変化をもたらす」という点はこの二面性が色濃く反映されるだろう。設楽さんやタケルのように能力としての恩恵を受けたものもいれば、絶大なチカラに耐えきれず自我を失い自分の意思で動くことなく本能のままに暴れる魔獣となる人間も存在する。そうして意思を失ったモンスターは決まって光を嫌い、地下鉄跡や洞窟など闇が巣食う場所に逃げていく。そうした奴らが夜になって外に出てこないように適宜駆除していくのが『地下労働』というわけだ。


 ――――――――――――――――――――――――――

「おつかれぇ」

「……」

 疲労のあまり言葉を返そうにも喉が動かない。今いるのはサイクロンファントムの拠点となっている洋館に勝るとも劣らない大きさの屋敷。その応接間にある椅子に身体を預ける俺を見て設楽綾音は机に置いてあった紙袋を手に取った。部屋の隅では設楽がつけたものだろう暖炉に煌々と赤い炎がともっている。

 ミナトと蓮太郎の誘いを断った後ご機嫌斜めなユキをなんとか宥めながらその足で労働場所に行った。初めの方こそ順調だったものの途中で予想以上に大量の魔獣が巣を形成しているのを見つけ合計で約二時間の激闘を繰り広げたのだ。生も根も尽き果てた俺に設楽が声をかける。

「入ってきた途端にそうなるなんてよっぽどだったんだねぇ」

 これ食べる?と設楽が紙袋の口をこちらに向ける。中には出来立てのものらしいクッキーが入っていた。俺はそれを齧りながら

「さっきここの使用人さんにも心配されました……でもまあ大体は片付いたと思います」

「なるほど。つまりもし今日魔獣が来たら仕事不備というわけだ」

 

 そうなったらもう知らん。


 既に脳が溶け始めている気がするがまだ終わりではない。むしろここからが本業なのだ。

 まもなく日付が変わろうとしている。凛道街の郊外、夜の闇にポツンと建つこの屋敷が今日の仕事場であり依頼人の家である。

 今日の仕事の内容はあらかじめ設楽がこの屋敷の主人から聞いていた。

「まず今日の依頼者は岩橋さんっていう人でえ……」

 元々別の街にいたが都合でこちらに何日か滞在することになったらしい。

 この屋敷に来て数日、ある日玄関のポストに

『明日の晩、貴方の一番大切なものをいただきます』

 という予告状のようなものが送られてきた。普通なら一蹴するところだが彼の元いた場所は凛道街よりも治安が悪く、彼自身もその筋の者から恨みを買っていたそう。万一のことがあるかもと所長に依頼したというのだ。

「で、わたしらが送られてきたってわけ」

「ふむふむ」

 俺はクッキーを食べながらその話を聞いていた。


 ってかこれ美味いな。無限に食えるぞ


「……聞いてんのか?」

 設楽に疑念の眼差しを向けられ慌てて食べている分を飲み込む。

「つまり今日やってくるヤツを撃退すればいいってことですよね」

「そういうことだな。ざっくりだけど岩橋さんも『守るためならある程度は何でもしていい』って言ってるし」

 そこまで進んだ時俺のイヤーカフから声が上がる。

「『貴方の一番大切なもの』って具体的には?」

「お⁈噂は聞いてたけどホントに喋るのかぁ」

 突然流れたユキの声に設楽は驚きを隠せない。

 ユキの存在は組織に知れ渡っており俺もほとんどの人にユキとイヤーカフのことは話したのだが未だ半信半疑の人も多いようだ。

「『貴方の一番大切なもの』ねぇ、わたしも聞いたんだけどたしかペンダントって言ってたような……」

 その時唐突に扉が開く。そこに立っていた初老の男性はこちらに笑顔を向けてきた。

「ああ御二方今日はよろしくお願いします」

 そう言って深々と頭を下げる。

「おう、任せときな。アンタには指一本触れさせねぇ」

 自信満々に宣言する設楽を横目に俺は問う。

「あの、岩橋さん。ペンダントって見せてもらえたりしますか?」

「ええ、こちらです」

 そう言うと彼は自身の首元に吊り下がるある金属片を手に取る。開けると左右に一人ずつ男性と女性の写真が入っている。

「なるほどこれが……」

「しかし今は深夜だぞ。身体には触らないのかい?」

「これは妻の分身と言ってもいいものです。寝ている間に盗られるなんて、たまったもんじゃない」

 あっもちろん皆さんは十分信頼していますよ。と付け加えた岩橋の顔には不安と恐怖の陰りが見えた。

パチッと暖炉に配られた木材がはぜる音があたりに響く。

 おそらく左に入っていた女性の写真が岩橋氏の妻で右の写真の男性が若かりし頃の岩橋なのだろう。

 奥さんはもうこの世におらず独りでこの屋敷に住んでいることを事前に知らされている。このペンダントの存在が今の岩橋さんを支えているといっても過言ではない。


 この人は絶対守らなきゃいけない

 

 俺は岩橋さんの憔悴した姿を見て身が引き締まる思いだった。

 時計の針はもうすぐ一つになろうとしている。侵略者の足音がどこからともなく聞こえてくるような気がした。

【地下労働】

サイクロンファントム内で使われている「地下に生息する魔獣を討伐する」という意味を持つ言葉

組織内で当番制となっておりまれに所長直々に任命されることもある。

凛道街は地下が正常に機能しているが場所によっては魔獣の巣窟になっている地域もある。

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