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PROJECT • AXL  作者: 銀鱗
黎明
12/18

社畜調査員

クリスマスにシャケを食う銀鱗トゥルヌス

 莉音がミナトから新武器を受け取っている頃、僕は凛道街から玄武町にある雑居ビルの一室にきていた。

「茶はないのかい?せっかくきてやったのに」

 ソファのど真ん中に座り空っぽの机を見ながら僕、『鞍馬』は書斎机で書類をまとめる男に問う。

「何が"せっかくきてやったのに"だ。俺は遅れてきた上にクソ面倒な仕事渡してきたクソガキを客だと認めない。ただでさえこっちは忙しいんだよ」

 机を挟んで僕を冷たくあしらうこの男は伊狩翔平。かなり前からの知り合いでサイクロンファントムができてからも持ちつ持たれつの関係を築いている人物だ。現在はこの雑居ビルの一室で『万屋亀の甲』を営んでいる。追い込まれるほど真価を発揮するタイプの社畜で僕は繁忙期である事実を知って依頼している。その方が早いスパンで報告が来るからだ。

「じゃあそのコーヒーは?」

「これは俺の。お前に出す飲み物なんてねぇよ」

 伊狩はコーヒーメーカーから黒い液体を注ぎソーサーを敷いて運んでくる。

 机を挟んで向かい側のソファに座り、うまそうに湯気を立たせるコーヒーカップをおいた瞬間

「いただきぃ」

「あ」

 僕は電光石火の速度でカップを鷲掴みにしそのまま一気に喉に流し込んだ。

「うん、普通」

「文句があるなら飲むな」

 文句ではない。感想だ。茶番もほどほどに本題に切り込む。

「さて伊狩、例のやつは調べてくれた?」

「当たり前だろ全く……。ほらよ」

 伊狩は苛立たしげにA4サイズの封筒を机の上に雑に投げつける。

 中を開けてざっと目を通すと確かにキチンとこなされているようだ。これでもう少し愛想が良ければ完璧なんだけど。

「サンキュー『餓者髑髏』。今度ご飯でも奢るよ」

「お前が連れていく飯屋は大体碌でもないから遠慮する。あとそれで呼ぶな」

 心外だ。僕はどこの国の人間かもわからないような店主が経営するエスニック料理店に連れて行ってるだけなのに。

「それじゃぁ必要なことは済ませたしお暇しようかな」

「あぁそうですか。さっさと帰れ。ったく」

 本業が忙しいんだろう。伊狩は顎髭を撫でながらそのまま奥の部屋に引っ込んでいった。決して臍を曲げてしまったのではないと思いたい。

 僕も立ち去ろうとソファから腰を上げドアノブに手をかけようとした瞬間、ノブが独りでに周りドアが開く。

 ドアの前にはしかし不思議な雰囲気を持った男だった。緩くパーマのかかった髪、ハッキリとした二重、鼻筋の整った高い鼻。

 僕が口火を切る前に美形の青年が口を開く。

「なんだお前」

 すらっとした切れ目にはまるで自分に絶対を持つ王者のような態度を映し出していた。

 後ろの玲香の癇に障ったのか口を開こうとする。その前になるべく平静を崩さないまま答えた。

「ここの依頼人だよ。君の方こそ、何者だい?」

「俺はここの職員だ」

 そう言って男は社員証と思しきものをポケットから出す。見ると確かに本物のようだ。そこで初めて僕はこの男相手に右足を後ろに下げていることに気づく。まるで道を開けるときのような。

「そうか。疑ってすまないね」

 足を戻しつつ社員証を男に返す。男は不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らした。しかし一向に退く気配はない。その目は露骨に「お前が道を開けろ」と命令していた。ここでどいては所長の名折れ。僕も負けじと視線をぶつける。

 そのまま睨み合いの時間が数秒続いた。

「鞍馬?そんなところで何やって……あああぁぁ⁈」

 伊狩が叫びながら美青年を指差す。「お前ぇどんなお客さんだろうと丁重にしろって言ったるぉ?」と男を戒めるが男に反省する様子はない。普段の彼からはちょっと信じられないくらいの熱量だったので

「まあまあ、その辺にしてあげなよ」

 思わず止めに入ってしまった。

「マジすまん。ほらお前も」

 伊狩は男の頭を押さえつけ下げようとするが微動だにしない。その顔は僕の知り合いの顔ではなく経営者としての顔、この男の教育係としての立場を窺わせた。しかし男は傲岸不遜な態度を崩さない。

 それを見て、僕は思わず聞いていた。

「君、名前は?」

「俺か?御門京一郎だ」

 最後に「覚えとけ」と付け足した青年改め御門京一郎は頭を下げず、それどころか腕を組みながら言い放った。伊狩の、なんなら後ろにいる玲香のボルテージも上がっていく。早く退散しないと収集つかなくなりそうだ。

「ああ、よーく覚えておくよ」

 そう言って僕は、人が通れるようにドアから離れた。

――――――――――――――――――――――――――

 報告と一悶着の末、暗くなってきたし馬車で帰るのがいいだろうという伊狩の提案もあり、僕と玲香はビルのすぐ側にある停留所で馬車を拾って郊外を走っていた。もっと発展しているそれこそ『政府』の管轄下であればもっと高性能なものに乗れるがこんな僻地での交通水準は明治時代と大差ない。

 馬車に揺られて少し経った頃玲香が突然聞いてきた。

「所長、何故自分から退いたのですか?」

「ん?ああ」

 考え事にのめり込みすぎていたのだろう。玲香の声に反応が遅れた。考えていたこととはもちろん御門京一郎のことである。

 ドアを開けた瞬間は『ただの美青年』。だが目を合わせ対峙して初めてその感覚が間違いだと気付いた。あの男には人を屈服させる一種のカリスマ性のようなものがある。実際僕も自分でも気づかないうちに半身引いていた。

 そしてそれは能力ではなく天性のセンス。傍若無人な性格と合わさってなるほどこれは伊狩でも手に余る人間だと納得してしまった。

 玲香のいうことはもっともだった。別に僕が身を引かなくても少し経てば伊狩が引き剥がしただろう。

「別に特にはないよ。単なる興味」

 玲香に言ったことに嘘はない。本当に完全な興味だった。あの『餓者髑髏』ですら手に負えない性格の人間に興味をそそられてしまった。

 道が開けた後彼は部屋に入り一言も話すことなく一直線に自分の席に向かっていった。椅子にドカッと座り込み足を組んでポケットから出したメモ帳を見ていた。あの姿はまさに彼の性格を体現していた。

(御門京一郎ねぇ……)

 それはただの予感なのに現実になるという確信があった。

 と突然、頭の奥の方にビリビリとした違和感を感じた。同時に、非常に小さいが、遠くから足音が聞こえる。これまで何度も感じてきたこの感覚。こういう時は大抵の場合

「玲香、右だ!」

 言い終わる前に玲香は馬車の窓から黒いナイフを射出していた。ナイフはその黒さも相まって闇を切り裂くどころか、闇に溶け込みながら一直線に飛んでいく。

「おおっと⁈」

 一コンマ遅れて焦り声が聞こえる。同時に足音も綺麗さっぱり消えた。

「ゴメン、ちょっと止まってて」

 運転手に一声かけてから僕と玲香は外へ出る。

 その瞬間夜の闇から切り取ったような影がコチラに向かってくる。その影は全身から敵意を剥き出しにしていた。

 しかし先刻聞いた足音は一切しない。反射的に相手のつま先を見る。その足は地面に設置していなかった。

(浮いてる)

 これでは音なんて聞こえるはずがない。

 少し不意をつかれそして影が腕を振り上げる……

(でもまぁなんとかなるかな)

 久々に()()を使おうかとその軌道を見てから僕もナイフを迎撃しようと腕に力を入れる……

 直前で先ほどと同じナイフが今度は魚群のように影目掛けて突っ込んできた。見ると玲香が影に右手を向けていた。

 影と僕との間に距離ができる。

 玲香に折角のチャンスが消されてしまった。

「そこまでしなくてもいいよぉ」

「所長を守るのが私の仕事です」

 全く仕事一筋な人間だ。使うのはまた今度にしよう。

「さて」

 影が行動を停止したことで月明かりで全身を捉えることができた。その姿はまるで忍者のような全身黒。男か女かも見分けがつかない。その手には刃渡り三十センチ程の刀が握られていた。しかしその顔には不意打ちが失敗したことによる焦りが見え始めている。

「今ならまだ許してあげるけど……」

 そこで一度言葉を切ってから

「やるかい?」

 僕は目の前の人間に強烈な圧をぶつける。ウチの人間にやる時とは違う本気の圧。ただでさえ普段の圧に晒されているウチの人間ですら耐えられる人間はごく少数なのだ。

 やはりというべきか僕が発する殺気に気圧され、しかしぐに男は、思い直したかのように震えながらもナイフを構えなおした。

 なるほどこれは簡単には返してくれなそうだ。

《ある日の一幕》

伊狩 「遅い!」

御門 「どうした?」

伊狩 「鞍馬…今日の依頼人が全然来ない!もう一時間

    経ったぞ!」

御門 「探しにいけばいい」

伊狩 「いや入れ違いとかあるだろ。それになんで俺があいつを

    探し行かないといけないんだよ」

御門 「なら構わん。俺はCOME,MOREでマドレーヌを買ってく

    る」

伊狩 「アっおいちょっと…みんなして好き勝手動き上がって。

    なんなんだよ…」


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