出会い
初投稿です。
稚拙な文ですがどうか温かい目で全話見てください
洋館に併設された稽古場、といってもただの広場に打ち込み用の人形などを置いただけではあるが、で二人の人間が相対していた。
一人は鈍色の髪に黒の瞳、その手に握った木刀を中段に構えている。反対側にいる人物は翡翠色の髪を三つ編みにした中華服の女性。腕には鎖が巻きつけられその先にある分銅を手にしている。当たればタダでは済まないだろう。
二人の間には先ほどから刀と鎖がぶつかり合う音が辺に響いていた。
「シッ!」
刀の男が相手に向かい木刀を振り下ろす。その斬撃を与える寸前、女性は自身の鎖を横に張り刀と自分の間に割って入らせる。
お返しとばかりに鎖の先についた分銅が頭目掛けて一直線に飛んでくる。
男はそれをダッキングで躱し、起き上がる動きに合わせて逆袈裟を放つ。
しかし半分闇雲なそれは相手の袴が大きく音を立てるほどの強烈なバックステップで当たることはない。
土煙を辺に立ちこめさせながら稽古場で呼吸音と木刀の風切り音、足捌きの音だけがこだまする。
拮抗してどれほどの時間が経っただろう。男は勝負を決めるために今までよりも大きく踏み出した。近づけさせまいと相手も鎖分銅を飛ばす。男は意に介さず前に進む。そして額に分銅が当たる……
「ハァ!」
直前で首を捻る。耳のすぐ横を分銅が通過する。
いける!
と男が思った瞬間、
突然なにかが足に巻きつき、走る勢いを絡めとった。全速力で突っ込んでいた男は足を取られ、勢いそのままに地面につまずくことになる。
そこで生まれた致命的な隙を相手は見逃さなかった。頭目掛けて鋭く分銅を飛ばす。
「はいワタシの勝ちー」
情けなく転がる男を見下ろして相手が愉快にケラケラと笑う。
転げたまま動かない男、もとい俺こと『咲田莉音』は
「いやーやっぱ設楽さん強いわ」
俺の尊敬まじりの言葉に設楽と呼ばれた女性が
「いやいや、莉音もかなり進歩してるよ。さっきの逆袈裟もヒヤリとしたしね」
俺は起き上がると同時にふと気づいて壁にかけられた時計を見るともう長針が一回りしていた。
少し休んでいざもう一戦、と思っていると
「莉音いるか?」
突如稽古場の扉がガラリと開き響いた声に俺は汗を拭く手を止め、声のする方を振り向く。そこにはタートルネックのシャツとロングコートを着た緑髪の男がいた。
「鈴鳴さん!?いつ戻ってきたんです?予定より遅かったじゃないですか。」
俺が驚きと歓喜を混ぜた声で叫ぶ。設楽も俺ほどは驚かないものの目を丸くしている。
「ホントついさっきよ。いやね、俺も最初はすぐ終わらせる予定だったんだけど、途中で変な金貸しに絡まれてコンビで魔粒の密輸組織潰してた。」
心なしがひきつった半笑いで『鈴鳴隼人』は答えた。
この人は3ヶ月前ボスからの命令で別の街にある組織の応援部隊として出向していたのだ。因みに俺の先輩に当たる人物でもある。
「あっ、俺その話噂で聞きましたよ。いやー、あれ鈴鳴さんの仕業だったんすね。」
「マジでやめてくれ。そんないいもんじゃねえから」
「ここまで活躍するってことはもう一回応援行ってもいいんじゃない?」
「いや絶対行かんから」
設楽の茶化しに結構なガチトーンで返す鈴鳴さん。
これ以上聞かれるのを遮るかのように
「そんなことよりだ。莉音、俺がさっき所長のところに報告行ったら『莉音を呼んできてくれ』って」
と言い、離れにある豪奢な本館を指差した。
どうやら所長は俺に何かの用があるらしい。
「伝言ありがとうございます」
「鈴鳴ぃ折角なら一回やろうぜ?」
話がひと段落したのを見計らってそばで聞いていた設楽が鈴鳴に対戦を申し込む。
「そうだな、折角来たし少しやってくわ」
そう言って稽古場の隅にある棍棒を手に肩慣らしのように素振りをする。
ロングコートで稽古ってしづらくないのか……
俺はじゃーねーと手を振る設楽と凄まじい勢いで素振りをする鈴鳴に背を向け、稽古場から本館に向かっていった。
稽古の汗を拭きながらボスの部屋を目指して赤い絨毯を敷かれた廊下を走る。俺が所属する組織の拠点は"基地"というより"洋館"と呼称する方が相応しい。なんでもボスが元々持っていたものらしいのだが何故持っているのかは謎だ。
やたらとレトロで長い廊下を走りながら窓の景色を横目で観る。この洋館は小高い丘にあり方角によっては窓から街全体を一望できるのだ。一昔前まであった『ビル』と呼ばれる建物はすっかり消え失せ、背の低いバラックが地を這うようにして建っている。その中で点々とつく灯りがこの街で生きている人がいることを実感させる。だが昔より廃れてしまったことは確かだ。実際この洋館だって半分は瓦礫で埋まって機能を果たしていない。
"魔粒"が全てを変えた。俺が生まれたときにはもう魔粒によるエネルギーが主流となっていた。幼少期ゆえ殆ど記憶がないが少なくとも不自由は感じていなかったと思う。
魔粒がもつ膨大なエネルギーはそれまで不可能だと言われていたことを容易く実現し、あらゆるテクノロジーの次元を一つ上にした。
ハッキリした記憶があるのは政府の軍と何やらでかい会社の戦争が始まってからだ。その頃から魔粒の人に対して現実離れした力を与えることが見つかり現実では考えられない化け物も現れるようになった。魔粒の事故で両親を失い当てもなく彷徨っていた俺は会社の下部組織に入れられ、戦闘技術を叩き込まれた。
今は紆余曲折あってここにいるが、魔粒は今もこの街、いやこの国の人々の生活を支え、同時に蝕んでいる。
「ほんと、なんでこうなったのやら……」
誰にいうでもなく一人呟く。
会社が破壊されて根無草となった俺を拾ってこの組織に入れてくれたのはボスだった。ボスは自らを立てるためではなくこの街の人々を守る為に力を使っている。その理念に俺は憧れた。今まで触れてこなかった、そして俺が望んでいた、前までとは真逆の理念だったから。
初心を思い出しているうちにいつのまにかボスの部屋の扉の前までやってきていた。俺は一度深呼吸をしてから、緊張した面持ちでノックをする。とすぐに
「入ってくれ」
と厳かな、そしてどこか幼い声が聞こえた。
観音開きの扉を開いて部屋に足を踏み入れる。今までにも任務の命令報告で入ったことは何度もあるがいつ入ってもこの場には慣れない。
部屋の中には三人。ボスとその秘書さん。そして見慣れない女の子がいる。
俺は秘書さんに会釈をする。秘書さんは氷のような目で俺を見つめるだけだった。そばにいる女の子に至っては目も合わせてくれない。無表情に俯いている。
…………誰?
と頭に疑問符がよぎるがそんな事を考えている場合ではないと思い直す。俺は意を決し、なるべく冷静を保ちながら
「ボス、どうしたんですか?急に呼び出したりして。」
目の前の小さなトップに尋ねる。
ドアの面以外の三面の壁は全て全て本棚の部屋。その中央でいかにも高級そうな書斎机に肘をつきながら椅子に座る少年。自分より明らか年下の見た目なのにこの部屋に入った時から緊張感が半端ではない。
若干13歳の容姿は一目見ただけでは、とても一組織の長だと見抜く人はいないだろう。しかし対峙した瞬間、彼から出る言いようのない圧が彼がトップだと裏付ける何よりの証拠である。その紅い眼には人の中の中まで見透かすような吸い込まれるような不思議な雰囲気を宿している。
彼の名前は"鞍馬"。
自警集団"サイクロンファントム"のトップを張る人間。
そして俺をこの組織に入れた人物。
鞍馬というのが名字か名前か、はたまた巷の通り名なのかは俺も知らない。
俺の質問に所長は年相応の幼い声色で質問に答える。
「君を呼んだのは他でもない。ほら来な。」
すると後ろで控えていた小さな女の子が、同じく後ろに控える所長の秘書に押されて前に出てくる。暗がりでよく見えなかったが前に出てきた瞬間俺は思わず息を呑んだ。
その子を一言で表すならば「可憐」。
年は俺の少し下ぐらいだろうか。雪のように白い肌と少し力を入れただけで折れそうなほど細い体。端正な顔立ちと薄紫の瞳、腰まであるスカイブルーの髪。ここに居るのがにつかわしくないほどの美人だった。
しかしその目、まるで生き物ではないように冷たい目が可憐というイメージの対象を人間から人形へと変えてしまう。それだけ強烈なインパクトを持っていた。
まさかとは思うがどっかヨーロッパの貴族の家から連れてきたりしてないよな?
この子がどうしたのかと考えを巡らせようとした時、すぐに答えが提示された。
「これからはこの子とバディを組んで行動してもらう」
………………え?
……………………この少女が
………見た目は戦闘には不釣り合いなこの少女が
……………………………………俺のバディ?
そこまで知覚した瞬間、俺の思考は一気に混乱の渦へと叩き込まれる。
「ちょっっっっと待ってください!バディってどういうことすか?!」
敬語が崩れたからか秘書さんが普段の数倍冷たい視線を送ってくる。普段なら震え上がるほどの絶対零度だがそんなことを気にしていられないほどにこの時の俺は混乱していた。
だがそんな動揺を意に介した様子もなく所長は飄々と答える。
「言葉どうりの意味さ。君はこれからこの子、"ユキ"とバディで活動してもらう。」
"ユキ"と紹介された女の子は相変わらずの無表情でペコリと頭を下げる。
ユキ?それって名前?苗字?
「そんなこと急に言われても…大体その子何者なんですか?!」
「それはまだ言えない。けどいつか必ず話すことを約束しよう」
説明なし⁈
これから一緒に活動する(かもしれない)人なのに⁈
「そうは言われても…」
「まあまあ落ち着いて」
所長はまるで犬を宥めるように手を動かす。
「まぁ今すぐ受け入れろとは言わない。だが必ず君にとっても得になるはずだよ」
その時、所長の雰囲気が変わる。声色や態度が変わったわけじゃない。でも確かに"何か"が変わった。俺は無意識に背筋を正す。所長は真紅の眼で俺を見つめる。
「僕は適当に君を呼んだわけじゃない。信頼できる者から近々大きなことが起こるとの情報があった。この場所を、街を揺るがす大きなことが。その為に君にも戦力の強化をしてもらいたい。そしてその強化のポイントが
"バディと一緒に活動すること"
だと思っている。」
真剣な表情で話す所長を見るのはいつぶりだろう、とあまりに突拍子のないことの連続で俺の脳はこの場ではどうでもいいことを考える。
大体は見た目相応に笑っている様子か、血の通っていない策士のように冷たい微笑を浮かべていることがほとんどなのでここまで真面目な所長を見ることはほとんどない。
だが真面目と言うことは今回の話がそれほどまでに重要だと言うことだ。俺も心を決める。元よりトップである所長からの直接命令だ。最初は動揺したが逆らうことなんて出来やしない。
「わかりました。上手くいくかわかりませんが、やれるとこまでやらせていただきます。」
そしてユキの方に向き直り
「これからよろしく、ユキ」
言ってから内心
(しまった‼︎)
と叫ぶ。
周りにユキと同年代の子には基本タメ口なのでついそのノリにしてしまった。心の中で焦る俺だったがユキは特段気にする様子もなく気恥ずかしそうにペコリとお辞儀をするだけだった。
「よし、これでバディ成立だ。今は時間がないから莉音が早めに了承してくれて助かったよ。あとユキは後方支援担当だからそこんとこよろしく。」
そこで所長の変わった"何か"の正体に気づく。それは圧。イエスと言わせるだけに存在している圧だった。
もしかして俺が首を縦に振るまでここから出さないつもりだった?
そしてやはりというか、ユキは支援系のようだ。まあこの見た目でバリバリ全線で戦われたらそれはそれで困惑するのだが。
その後はユキがどこに住んでいるのかや次の任務からバディで動いてもらうことなどが伝えられた。どうやらユキはこの館に住むことになっているらしい。確かに館は元々人が住むものであり(半壊しているが)そこに住むのは何も間違ったことではない。
というかここに住むってことはユキには、少なくともこの街には家が無い。つまり街の外から来た人間だと言うことだ。所長の性格を考えれば出身くらいは明かすはずなのに。
一体なに考えてるんだ……。
と言うか次の任務って確か今日の夜だったよな。もしやいきなり二人で動くってことか?
全ての話が終わって僕とユキは一緒に部屋から退出する。こうして並ぶとユキの頭のてっぺんが丁度俺の肩ぐらいなので余計華奢に見える。
設楽さんと鈴鳴さんまだ稽古場にいるか?
取り敢えず一旦稽古場に戻るかと思った時、何者かに袖を引っ張られた。
見るとユキが袖を掴んでいる。
「ど、どうしたんだよ?」
所長との話の中で彼女は最後までなんのアクションも起こさなかったため少々驚く。戸惑う俺をよそに彼女はポケットから何かを取り出し俺の手に押し付けてきた。
見てみると、特に何の変哲もないイヤーカフだった。
銀をベースに作られており所々にあてがわれた空色の宝石が良いアクセントとなっている。
だが何故これを渡してきたのか。それを聞こうとイヤーカフに落としていた目を前に向ける。
その時彼女はもう居らず遠くで"ガチャ"という扉の開閉音がなった。
――――――――――――――――――――――――――
「本当に良かったんですか?」
俺とユキが部屋から退出した後秘書さんがボスに問う。所長と秘書さん。二人だけの空間で秘書さんの声が冷たかった空気を揺らす。
「ん?なにが?」
「ユキの事です」
「心配してるのか?大丈夫。二人は結構いい感じになると思うよ」
「しかしフェーズ1と組ませるのなら咲田莉音ではなく尾上大二の方が適任なのでは?」
「確かに。莉音と大二、どちらが強いかと聞かれれば大二だろうね」
所長は秘書さんの問いを学生の質問に答えるかのように返す。
「なら……」
「でもね」
秘書さんの言葉を遮る。
「莉音はタダのフェーズ1じゃない」
秘書さんは意味がわからないと言うように眉をひそめる。
「取っ掛かりは全て用意した。後は待つだけさ。で『餓者髑髏』とのアポは取れた?」
「はい。先程『さっさと来い』と催促のメールが来てました」
「じゃ、行きますか」
そう言うと所長は隅にかけてあったハンガーを手にとり吊るされていたジャケットをベストの上に着る。
俺の知らないところで影はゆっくりと進行していた。
【魔粒】
人類が発見した、石油石炭に変わる新たなエネルギー源。
それまでのエネルギーを全て過去のものにし人々の生活を豊かにしたが、人間に対して強い影響を及ぼしなんやかんやで日本を滅ぼした。
魔粒の影響を受けた人間は能力者となり中毒度によってフェーズが分かれる。
地上よりも地下にいる者の方が魔粒の影響を受けやすい
今も空気中には魔粒が漂っている。