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二十八 さすれば愛


湧き上がる殺意の如く、雷鳴が渓谷に鳴り響いていた。

その中で、ひと際大きな稲妻が、天に向けた佐羽狩の刀に落ちたのだった。

バチバチと身体ごと火花を放つ佐羽狩の姿は、絶望的と思われた。だが狂人は何食わぬ顔で、刀を握り、それを思いっきり振り落としたのだった。まるで天から力を得たかのように、力を(みなぎ)らせ、足元でグネグネと大きくうねる胴を、二つに切り裂いた。


胴の囲いが決壊すると水がどっと流れ出し、溺れかけていた男たちが次々と打ち上げられていった。

頭首も姫を抱えながら、懸命に岩の上に避難した。


再び佐羽狩が天に刀をかざせば、天から稲妻が滝つぼに何発も落とされた。その点滅する閃光に目を射られ、生き残った者は皆、目を伏せた。


そして強い光が視野を塞ぐほどの巨大な影を浮き彫りにした。


「なんだ、馬鹿でっかい蛙は大蛇になりたかったのか?」


身体は大蛇、顔は牛蛙のようだ。胴には水かきのある足まで付いていた。

滑稽な姿を冷笑する佐羽狩に、魔物もまた挑戦的な目をギロリと光らせた。見せつけるように面をまっすぐ向けると、ゆっくりとその裂けた口を開け嗤う。


下あごから大きな牙が突き出している。

その隙間から、だらりと細い手がぶら下がっていた。


「――クク」


腹に牙が突き刺さり、白いかげろうのような腰巻を赤く染めて、ククは息絶えたように目を閉じていた。含んだ血の重さで腰巻が垂れ下がり、ずるりと落ちたかと思うと、豪風に拾われ天に舞い上がって行く。


佐羽狩の双方は舞い上がるそれを追った。

グワッと頭に血が一気に上り、ドンッと心臓が叩かれたと同時に脳裏が霞み、体の中で何かが爆ぜた。

点と点がつながったような既視感が沸き起こり、脳裏の残像が痛みだした。

(くずお)れそうになる身体を刀で支えれば、刀は重厚さを増し、焼石の様に赤くなった。


「――姫!」


そう叫んでいた。

佐羽狩の意識は再び幻夢と現実の狭間を彷徨いだした。


普遍な山、空、木霊、窟、鳥、雷鳴、そして蛙――走馬灯のように映し出される光景。

怒りと悲しみと情熱と喪失が佐羽狩に襲い掛かってくる。

身体に染み込んでいる、普遍な慕情がぐつぐつと煮えたぎった。


「――木霊姫!」


ククをそう呼ぶ者は、誰一人としていない。

だが佐羽狩は愛しいその名を大声で叫んだ。






痛みはなかった。

途切れそうな意識がククを夢の中へと導く。


――コポッコポッコポッ……。泡が舞う。

顔をコロコロと撫で舞っていく。

その行く先を仰ぎ見て、目が離せなくなる。

血に塗られた銀の刃がゆっくりと落ちてくる。

傷付くと分っていても、愛しさに手を伸ばし素手で受け止めた。

忍び守り続けてきた愛が木霊姫を温かく包み込んだ。――




(まだ、終わっていない)


意識が呼び止める。

名を呼ばれた気がした。

僅かに鼓膜に響いてくる声に、ククの瞼が薄く開いた。力を振り絞り、声を探す。顔を横に向ければ、蒼い瞳が男の姿を捉えた。だが、それまでだった。佐羽狩と視線が交わった直後、ククの姿は消えて無くなった。


魔物は閉じた口に弧を描き、にんまりと佐羽狩に笑みを向けている。そして喉をゴクリと鳴らしたのだった。

地を這う(しゃが)れ声が響く。


「勝ちじゃ……またしばらく苦しめ」




















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