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二十三 身投げ


一方、佐羽狩は鳥の声にも無関心に腕を組んだまま、ククを見据えて問う。


「あなたは、どうやって魔物をおびき寄せ対峙するというんだ?」


鳥の騒ぐ声に消されぬよう、前のめりで話し刀がガシャリと音を立てる。

追い立てられ、思わず首をすくめてしまったが、ようやく具体的な話に進みククも真剣になる。


作戦を語れば、実行しなければならない。覚悟は出来ていたが、やはり身も竦む。

ククは咳払いをして、震えそうな声に力を入れた。


「――まずは皆さまで滝つぼに落ちた兵を弔ってください。そこに魔物が現れれば、私が魔物の前に出て、この毒の入った竹筒と一緒に飲み込まれます。魔物が出てこなければ私が滝つぼに飛び込み魔物を呼び起こします。と、言っても、いつ出てくるかわかりません。出てきた時は私が身投げしますので、どうかその後、対峙してください」


男たちの目は見開かれククを凝視していた。ククの語るのは戦略ではなく身投げだった。


「――それで……おまえさんはよろしいのか?」


頭首が躊躇い気味に問う。


「ええ」


よろしくはない、だが方法もない。未練も……もうない。


「あなたはもう、村に戻る気はないのか? あなたを食えば、魔物はもう出現しなくなるとでもいうのか?」


腹を立てて、ククの今後を問うのは皆よりも親しいからか。

自分の為に声を荒げてくれている男がいると思えば、歪んだ幸せが感じられた。死んだ時には、悔やむくらいはしてほしいとも思ってしまう。

感傷的な思考が邪魔をし始めると、明日の作戦にためらいが生まれてしまう。ククは何度となく整理した頭をもう一度整え、感傷を削除した。


「――出現しなくなるかはわかりません。ですから、皆さまに対峙してくださるようお願いしているのです。麓の村には水が戻り、山の民には故郷が戻り、あなた方には手柄と、味方となる領民ができます」


ククは毅然として答えた。そしてここぞとばかり、山の民の長として申し出た。


「領主様、佐羽狩様、どうかお願いします。私は身投げしてまで守りたいのは山の民の将来です。魔物が潜むこの山は山の民の里です。対峙のあと、彼女たちを追い払うことはどうかしないで頂きたい。静かで平穏な暮らしを奪わないで頂きたいのです」


お願い申します、と、頭を地面に擦り付けるククを頭首は一瞥した。


「若い女長の出来ることはそこまでか。……まあ覚悟はわかった。山の民には、今は何も強いることはしない。だが時が移れば山から離れたがる者が増えるだろう。山を手に入れたがる者も増えるだろう。それをどうするかは儂が決めさせてもらう」


明日の無い身に、頭首の言葉が身に染みて理解できた。魔物を対峙しても今の危機を乗り越えただけだ。その先はククにはどうにもならない。

膝の上に置いていた拳が着物を掴み皺を作った。

もし、自分が魔物に身を捧げず、生き残ることが出来たら、どんな将来になるのだろうか? 山の民を守っていけるのだろうか? 結婚し幸せな生活があったのだろうか? 答えは否になる。

頭首が先ほど言っていた「若い女長のできることはそこまでか」と。

蔑まれ身を売った女にはもう、力も信頼もなく、幸せも訪れることは無い。





「あなたの明日は、明けないのか……」


そう言い捨て鞘を握りしめる佐羽狩の拳は白くなっていた。

その言葉をククは噛みしめた。


「明日は……どうかよろしくお願いいたします」


そう頼むよりほかなかった。


日が落ちた山もまた明日を待ち眠りについたようだった。

先程まで騒がしかった鳥たちの声も聞こえてこなくなった。





「だが、魔物をそう思い通りに対峙できると思うか?」


魔物がただ本能的にククへの執着があるのか、もしくは知能や記憶があるのか、分からない。だが何にせよと、解決は単純なのだ。


「魔物の急所は私です。他に良案があれば私を利用していただいて構いません」


ククの動かぬ眼差しに、頭首は深く首肯した。


「魔物は大蛇のような体に裂けた口と大きな目を持っているという。まずは弓で仕掛けよう。そして、お前を食っている隙に刀で止めを刺す。祈祷師たちも魔物の妖術をしっかりと封じてくれ」


頭首の命に「承知した」と声が上がった。反して佐羽狩だけは、無言だった。


刀を握りしめる姿は怒りを滲ませていた。その怒りが刀に移ったかのように、刀からわずかに陽炎(かげろう)のように揺らめくものが放出されている。

ククは瞬きをも忘れ、その揺らぎに目が離せないでいた。

刀が青白い鬼火に包まれている。この現象は何なのか、目の前の現象を探れば、ふと思い出す言葉があった。


『刀を持っても平気だったか?』そう以前問われた。


その揺らぎはククだけに見えていたのではない。他の男たちはそれに気付いていたが驚きもせず、ただ覗き見ては、ひそひそと声を零していた。


「佐羽狩様の刀が怒り出した……。明日は勝利確実じゃ」


頭首は青く揺らめく刀に目を眇め鼻で笑った。


「業腹か、佐羽狩! ならば女が食われる前に打ちのめせ」


ククを見詰める佐羽狩の瞳には、苛立ちだけではない、秘めたいくつもの情が宿っている。


「あなたには、恩がある。魔物に一時でもあなたと融合する幸福など味わわせない。どの民にも魔物の苦労はさせない」


魔物に屈しない――佐羽狩の矜持が奮い立つ。恩への義理難さと、上に立つ者の志があった。

真摯なその(さま)にククは初めて、佐羽狩に縋りつきたい気持ちになった。同時にたまらない歯がゆさに、胸が痛くなった。佐羽狩に輝かしい前途が見える一方で自分には暗闇しかない。決してまみえることのない道が伸びている。


佐羽狩の刀はいまだ燃えていた。気合を見せた佐羽狩に皆が同調した。

だが、姫だけは気質を発揮し、先程の魔物の話を探るのだった。


「魔物の神話を聞いて思ったのよ。魔物は結局どうやって誰に葬られたの?具体性が無くてやっぱり神話は神話なのよ。この女の話は作り話に過ぎないわ」


そう言われれば反論するすべがない。話しに確信できるものはないのだ。


「――全て憶測じゃ、作戦も練れたものではないわね」


陀璃亜は、呆れた溜息を付き、ククを睥睨した。


魔物が現れなければ、今度は陀璃亜にこの山を追われることになるのではないか。どう転んでも苦難が続くように思えた。



山はとっぷり陽が沈み動く影も見えなくなった。

明日渓谷で起こることに備えようもなく、男たちは思い思いに寛ぎ寝てしまった。

姫と頭首は小さな洞窟に身を寄せて寝ていた。

ククは男達より離れ、風よけになる大木の下に虫よけの草と一緒に小さな焚火を焚き、横になった。

身体は疲れていても明日を考えれば気が立ち寝付けない。

魔物に見つかっていると山は告げてきている。もう逃げ場もない。


気を紛らわすため、ただ木々の隙間から降る月明かりを浴び、星を眺めた。

すると気の早い蛍がふらりと視界を横切って行った。




















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