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二十一 消えた迷い


暫く歩くと、歩みが止まった。その先頭ではククが口を手で押さえ、俯いていた。

俯く視線の先を注視すれば、女物の装束が散り散りに落ち、白い骨のようなものが土の上に散らばっていた。


「こりゃあ、動物に食われた跡だな」


「衣は残っているから最近かもしれないなぁ」


口々に話す男たちを背にククはしゃがみこみ、躊躇うことなく散らばっていた骨を素手でかき集めた。

そして物見する男たちに、青白い顔を向け道の先を指さした。


「皆さま、この雑木林を真っすぐ先に進んでください。すぐに湧き水の出る沢とぶつかります。そちらで再び休憩していてください。これを弔った後、すぐ追ってゆきます」


指さす先は、木漏れ日が躍るように降り注ぎ、見通しが良い雑木林が続いていた。ククが手にする白い欠片は、白骨なのだと言わなければ想像がつかない程、死とは程遠い和やかな景色だった。


そのせいか、男たちは危険を想像することなく軽い口調でククに問う。


「お前さんの知り合いなのか?」

「山から逃げ遅れたのか?」


問われれば素直に頷き、魔物にやられたのだと告げた。

男たちは魔物が巨大な狼や熊に思ったのだろう。熊よけの鈴を大きく振り鳴らし滑稽に闊歩し始めた。


過ぎ去る男たちを他所(よそ)にククの頼りない肩は僅かに上下し震えていた。

俯きながら拾い集める手の傍に雨のような染みが出来る。


最後尾の佐羽狩は陀璃亜を背負いながら、追い越し際に声を掛けた。


「……ククさん」


ククの細いうなじが隠れ、俯いた顔が上がった。強張り驚いた表情で佐羽狩と背負われている姫を交互に仰ぎ見ている。白く青ざめた顔、そして瞳が濡れていた。協力してくれる男に少しでも寄り添おうと、躊躇いながらも見詰めてくる瞳の奥には孤独がみえた。


「その骨をどうするのですか?」


昨晩の様な失態をしないように、落ち着いた口調で他人行儀に話しかけると、ククは少しばかり緊張がほどけた様子を見せた。


「すみません。先に進んでください。後から追いかけます」


だがもう、心の内を踏み込まれたくなかったのだろう。やはり先程と同じことを繰り返した。疲れ切り諦めそして全て閉ざしてしまっていた。


今までの苦労の上に重石を乗せたのは自分だと分っていた。忌々しく感じるのは筋違いだ。

佐羽狩は修復できない煩わしさに苛まれたが、それ以上問うことはしなかった。


「――そうですか。だが、あなたの顔色が悪い。一人で大丈夫ですか?」


ククは静かに頷いて何かを言いかけようとしたが、またしても陀璃亜の啖呵(たんか)に遮られた。


「これも魔物に殺された死体なの? それを集めてどうするのよ。青白い顔して、骨を素手で集めて本当に気持ち悪いわ!」


その言葉にククは眉を顰めた。そして背負われた姫にまっすぐと瞳を向け、立ち上がった。

憎悪を露わにする姫を、今まで受け流していたククだったが、仲間を軽視され、屈辱に堪えかねたのか気丈に言い返すのだった。


「おっしゃる通りです。魔物は危険ですので、姫様もお気を付けくださいませ。明日はその魔物に近づきます。姫様を背負ったままでは、いくら武辺者とて刀が抜けません。どうぞ、怪我を治療し、ご自分で歩けるようになさってください」


姫は平手打ちをされたかのように驚き黙り込んだ。そんな姫を前にしても佐羽狩は加担などしない。むしろ、姫に無礼を働くククを見て薄笑いを浮かべていた。


ようやく見ることが出来た、ありのままのククの姿に喜びが湧いてくる。

勝気で堂々とした反抗はあのやさしい女そのものだった。


(あなたは、やはりあなただ)


ククが魔物だという迷いは、すっと消え去っていった。また一方で、限りない不安が押し寄せてくる。


村長の話の通り、『囮』となり魔物対峙の犠牲になる覚悟で山に入ったということだ。

ククの様子など探っている場合ではなかったのだ。早急に話をしなければいけないと思考する頭が騒ぎ出した。


「ククさん、先で待っている。だが、一人のあなたを魔物が狙ってくるかもしれない。魔物が出たら声を上げてほしい。あまり戻って来ないようだったら迎えにきます」


そういって佐羽狩は後ろ髪を引かれながらも、ククの横を通り過ぎた。






**






佐羽狩が去った後、再び骨を集め、数本を手拭で包み懐へ入れた。

散らばっていた衣も骨の上にのせると、火打石で火をつけて灰にした。骨も衣も僅かだったため、あっという間に燃えてなくなってしまった。


自分があの時説得出来きていればと、無念と後悔が募る。二人とも真面目で明るい仲間だった。少し年下だったがよく話もした。ククは二人の面影に謝りながら、必死に手を合わせたのだった。


灰を山に撒き、皆の後を追った。

追いつくと、そそくさと自分で持ってきた小さな握り飯を一つ食べ、すぐさま皆を先導し歩き始めたのだった。


信頼する山はまだひっそりと静かだった。

だがそう思ったのも束の間、心に侵入する負の感情が一瞬でククを粟立たせた。


『見つかった』


灰が風に乗って魔物に知らせたのか……。


足を止め木々の梢に相槌を打てば、矢風のような風が頬をぴゅうっと掠めていった。


ククは、懐に入った二人の骨に手を当てて決意する。

――魔物は私が封じ込める、と。





















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