十八 後悔
山に吸い込まれるように去ってゆく、細い後ろ姿を見るのは二度目だった。
青白く浮かび上がるあの瞳を見た時、魅了され身体がしびれた。
吸い込まれるような感覚が妖力にも思え、その蒼い輝きが鬼火にも狐火にも見えたのだった。
『魔物であってほしくない』そう願い続けていた念が、人ではありえない輝きを放つあの瞳を捉えた瞬間、裏切られた思いに変わってしまった。悔しさを非情な言葉で告げてしまった。
「くそっ!」
佐羽狩は黒く染まった心の内を、穴を掘るように掻きだした。
この偶然の再会が忌々しく思えてしかたなかった。
郷里から離れ、山を臨む場所まで来た時には沸き立つものがあった。こんなに心配になるのなら、あの看病の数日にもっと彼女に寄り添っていればよかった。
昨晩、目の前に現れた美しい女を見ても始めは気が付かなかった。女はあまりにも覇気がなく無感情だったため、山で合った女とは印象がかけ離れていた。だがなんとなく凛とした雰囲気は似ているものがあった。
村長の下卑た紹介に素直に顔を上げた女は、微笑んでいたが泣いていた。
何があったんだ?と終始胸の内が問いかけていた。
「クク」と名を語り堂々とした仕草で身を売る女。目があえば動揺を示したその女は、過去を隠すように真っ白な肌に派手な着物を纏い、客人の視線を拒絶した。
山で看病してくれていた時は、こんな生活はしていなかったはずだ。あの時と比べれば見るからに様子がおかしかった。
自分の知らぬところで何があったというのか。
要らぬ苦労をし、身を売り、魔物と罵られる女の姿を想像していなかった。
心を閉ざし身を落とす前に助けられなかった悔しさが渦を巻く。
強い執着心が沸き上がり、変わってしまった女に裏切られたような想いに苛まれた。
献身的に看病してくれた美しい女を、容易に他の男に奪われた怒り。
美しさを汚された怒りが込み上げ憤った。
荒げた声に、怯えた表情を見せる彼女の様子から、男たちに虐げられているのだとすぐにわかった。
それなのに、愚かにも自分がまた彼女を傷つけた。
たとえ身を売る女だったとしても、たとえ魔物の血を引く女だとしても、彼女に蔑んだ目を向けることはないと道理もわきまえていた。彼女がそんな目を向けられることがあってはならない、守らなくてはいけないと解っていた。
佐羽狩は後悔を蹴散らすように頭を振って大きく息を吐いた。
あと数刻が過ぎれば、空が白み始める。
自分を助けてくれた優しい女は彼女に違いない。
それなのに、感謝の言葉からあまりにもかけ離れた残酷な言葉を告げてしまった。
彼女はきっと嫌な思いを引きずり、今晩寝付くことなどできないだろう。
疲れた体を休めることすら取り上げた自分が、あまりにも薄情で愚かだった。




