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十五 宴の席


狭い家の中で魔物の恐怖に身を潜めていた山の女たちの元へ、屋敷の女中が言伝てにやってきた。


『今日の出立は見送り、午前の畑仕事を終えたら村長の屋敷に来るように』とのことだった。


魔物の不安よりも優先することがあるのか?

ククは言われる通り、畑仕事を終わらせ一旦集落に帰り村長の元へと足を運んだ。今度は何を言われるのかと不安が募り足も重たかった。気持ちを映すように晴れていた空も曇りだし、雨が降り始めた。


一方、ざあざあと雨が降りしきる中、田がぬかるむ様子を見ようと、百姓たちは歓喜しながら外へ繰り出していく。


ククの出立も見送られ、そして恵みの雨も降り出し、山の女たちの暗かった顔も笑みが差しほころんだ。神が、山が、守護してくれたのだと山に手を合わせて感謝したのだった。

山の民の雨ごいの歌が雨と共に土に染み込む。

心地よい節と女たちの高い声が、雨音に合わせ響き渡った。


日暮れのこわい川嵐。

蛙の鳴き声も奪い去り

黒雲を連れてやってきた。

雷ゴロゴロ天の上。銀色の神様見ております。

波打つ木立がさわさわと姫様探しに参られた。

あわれ姫様こたえておくれ。

羽衣揺らし答えておくれ。

山彦(やまびこ)呼んで答えておくれ。






***






ククが屋敷を訪ねると、たくさんの馬と兵が庭先にぎっしりと並んでいて驚いた。赤いのぼりが幾本もはためいてる。初めて見る光景だったが、まさにこれが出陣する者たちの光景なのだと思った。

兵たちは皆、体格が良く立派な黒い甲冑を身に着けていた。その艶やかな姿に田舎武士ではないことは一目で分かった。


ククは兵たちを横目に、雨粒を払い使用人の勝手口から入り、女中に何事かと聞いてみた。すると女中は曖昧にどこぞの領主が視察に来たのだとそっけなく答えた。


(――そういうことか)


接待の日の女中たちは慌ただしく働き、ククを軽視する。まるでククとは関わりたくないというように。


「どこぞの領主……」


呟きと共に深い溜息が漏れる。

やるせない夜はもう無いのだと、ようやく解放されたのだと思っていた。それなのに――。


(――最後ぐらいもう、拒否してもよいだろうか?)


そう思うがすぐに諦めと疲弊が心を麻痺させた。


多くの武人を迎え屋敷がいつになく賑やかだ。ククの迷いなど、気に留められることなくもみ消されてしまうだろう。

さっそく女中頭から指示が飛ぶ。

まずは持て成すための夕餉の支度を手伝わされた。一級品の清酒に白米、カモの汁やヤマメの塩焼きと豪華な料理が並び、格別な客人なのだと見てとれた。


宴の準備を整え終えれば、もういいと追い払われ使用人部屋へ下がらされるのはいつものことだ。そこには部屋にそぐわぬ美しい小袖がククを待っていた。光沢ある白地に紅白椿の折り枝文様が描かれ、袖と裾には金のぼかしが入った贅沢な着物。それを羽織れば純朴なククも艶やかな女へと変わるのだった。


夕闇に松明が揺らぐ庭に出て、池に姿を映してみる。黒い水の揺らぎにうっすら浮かぶ姿は意外にも、貫禄があり堂に入っている。いうなれば、肝の座った都の名高い遊女のようだ。


(覇気がないくせに、姿ばかり立派だわ)


そう自分を嘲笑った。







***







大広間は賑やかだった。村の視察と言ったが、どこの領主か?

ククは襖越しに耳をそばだて、中の様子を窺っていた。

酒が入り太い大声が飛び交う中に、鈴の音のような無邪気な笑い声が混じっている。


「頂いた椿油はとてもいい物ね。雨風に吹かれて馬に乗って来たものだから調度よかったわ」


「まあ! 西の姫様は自らお馬に?! それは頼もしい姫様ですこと」


奥方の上機嫌な声に聞き過ごせない言葉が混じり、心臓がせわし気に音を立てる。


(――西の姫)


この村より遥かに大きな所領を有する大国の姫様。

奥方はその姫様相手に満身創痍でもてなしているようだ。


「ねえ、佐羽狩、明日の山は馬では登れないのよね? 御札(おふだ)や御数珠をたくさん持ってきたのよ。だれか荷物を背負ってもらわないと困るわ」


無邪気に話す田舎訛りのない明るい声。馬に乗り山も越えるのだという姫はきっと立派な方にちがいない。姫のその姿を想像すれば、容易にこの間助けた男の顔が思い浮かんでくる。


あの方の姫様がこの方だとしたら……胸騒ぎが収まらなくなる。


「食事中に声を上げるなど、少し慎みなさい。陀璃亜」


「父上の声よりは小さかったわ」


おおらかな叱責に男たちの笑い声が被さった。


夕餉も終盤になり酒も回り始めると、いつものように村長に呼ばれ裏の片付けから表に出ることを命じられた。

心ここにあらずのまま、足だけが向かうと、ククと交代で女中たちは炊事場へと引いて行くのだった。


「ねえ、見た?」


「見た、見た。すごくいい男」


賑やかに黄色い声を上げてククの横を通り過ぎて行く。頬を染めて異性の話に興ずる彼女たちが羨ましい。自分にはこんな時は無かった。

今となってはどんな男性を前にしても委縮してしまうようになってしまった。


襖の前で気持ちを抑え込むように深呼吸をする。


どうか、彼が居ませんように。

どうか、卑しく傲慢な人が居ませんように――。


そう胸で唱えると、小刻みに震える指先に力を込め、ゆっくりと襖を開いた。



















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