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十三 山の魔物


山から下りてくる川が何故か干上がり始めた。


水が引き細い小川となった川に魚が集っている。剥き出しになった川底は(うろこ)のようにひびが入り、田に水が引けなくなった農民たちは困り果て村長の元に集まって来た。

日照りでもないのにおかしい。土砂崩れが起こり、山の源流が堰き止められているのかもしれないと、口々に意見を述べあうのだった。


「お前たち『山の民』が山を下りたから(ばち)が当たったんじゃないのかい」


奥方はククを呼び寄せ、農民たちの前で罵る始末だった。


「報いを受けるべきよね。早く山に帰りなさい」


嫌味で放たれた言葉にも反論できないでいた。


なぜなら、麓に下りてもなお、山を漂う殺気をククは感じていた。山に居座り続けている魔物を、どうにかしなくてはいけないと思う一方でどうにもできないと逃げている自分に苛立ちを感じていた。

その最中(さなか)に起こった水枯れだ。素知らぬ顔などできるはずもなかった。


「源流を確かめなければ埒が明かない」


話し合いでは先が見えず、農民たちは山の源流を確認しに行くという。

魔物がでるかもしれないから、やめてほしいとククが制止しても農民たちは馬鹿にして聞く耳を持たなかった。

行き過ぎた山岳信仰のせいでそんなことを言うのだと呆れられ、取り合ってはもらえなかった。






***






日を跨ぎ陽が落ち始めた頃、源流を見に行った農民たちが息も絶え絶え、山を滑り落ちるように戻って来た。

村長の屋敷の庭に皆が集まり話し合いが持たれた。


「出た! でっかい魔物が滝つぼに居た。身体が大蛇のように長く、ぎょろっとした目に口が裂けていた! そいつの長い胴体が川を堰き止めている!」


源流付近の滝つぼ、それは兵士たちの骸が落ちた場所だ。魔物は兵士たちの血肉で鋭気を養い再び現れたのか。それとも兵士の怨霊が魔物に宿ったのか。


ククの前ではその姿をはっきりと現さなかった。だが農民たちの前には奇怪な巨体を現したらしい。


「おい、山の女! 中腹付近にお前と同じ衣と白骨が散らばっていたぞ。仲間じゃないのか」


集落に引き帰した二人が即座に思い出された。


「やはり魔物に襲われたから、麓へ降りて来たんだろう?!」


青い顔をしてその場にくずおれたククに農民たちは冷やかな目を向けた。当初、魔物という言葉を信じていなかった村長も今更ながら意を覆すのだった。


「そうじゃ、クク! おまえさんが魔物から逃げて来たとはっきり申しておればこうはならなかった」


まるでククが嘘をついて魔物を隠したかのように言い放った。


「俺は、魔物の声を聞いたんだ。『木霊(こだま)を返せ』とほざいていた。木霊とは山の民の事だろう?」


その言葉を皮切りに、農民たちは「山に帰れ! 山で魔物を対峙してこい」と火の粉を降らすがごとく怒鳴り散らしたのだった。


魔物はこうなることを、分かっていたのかもしれない。農民たちを敢えて襲わず、逃げ帰った先いるククに警告するために追い返したのだ。


田畑の収穫がなければ今以上に貧しく飢えに苦しむことになる。農民たちは降りかかる災難に怯え、ククに目くじらを立てている。


奥方や、奥方に仕える女衆は蔑んだ目を向け笑っていた。


打つ術は一つしかなかった。


「あ、あいわかりました。で、ですが、『木霊』とは山の民のことを言うのではございません。『木霊』とは私の事でございます。私一人が魔物の元へ向かえば事が済むはずです」


「根拠のない話ばかりでよくわからん! この村に災いを持ち込む不気味な女たちだ!」


興奮する農民たちに「やめなさい」と奥方が手で制す。


「他の女たちはよく働くそうだよ。気立ても良く百姓たちともうまくやっているようだ。だが、お前さんが行って駄目ならまた、他の山の女に行かせるから、魔物とうまくやってくるんだよ」


山に戻れば魔物に捉えられ、村にいれば農民たちに捉えられる。ククが山へ出向いた後、山の女たちはこの村の者達に(たぶら)かされないだろうか。


ククは下唇を噛みしめ、ぐっと目に力を入れ決意を露わにした。


「よいでしょう。木霊の末裔として山へ戻り魔物と共に山に沈みましょう。ですが……」


ククが伏していた顔を上げて男たちに目を向けた瞬間、男たちは息を飲み黙り込んだ。


「……っ」


月明かりに浮かぶ、ククの黒い果実のような潤んだ瞳が、仄かに輝きを放つと雨に濡れた木立の色に変わった。さらには日を浴びた若葉の様にきらきらと輝き出したのだった。


ククは奥方や農民たちをしっかりと見据え、脅す勢いで語気を荒げた。


「……どうか、残った山の民に仕打ちなど致しませぬようお願いいたします」


すると群れる農民たちの間を、生臭い沼風が吹いた。得体のしれない獣がすぐそばで喉を鳴らしているような不気味な音を立てて吹き抜け、農民たちの背筋を凍らせた。


人の世の(ことわり)に反する神秘を前にして皆が立ちすくんだ。






















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