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一 接吻

【山の民を率いる美しい長】×【宝刀を携える大国の武将】

 神話に翻弄される狂おしい執着系和風ラブファンタジー




山の木々が騒がしい。


夜の梢で囀る鳥は何を伝えようとしているのか。


悠久の時、山は普遍。


心は巧妙に蝕まれてゆく。


あの人に愛しているのだと告げれば、やさしく愛していると答えてくれる。


信じがたく問えば、あの人も問い返す。


怪しく金色(こんじき)の帯を闇に引く蛍が霞むほどの美しさ。


あの人が歩けば椿の花がぽとり、ぽとりと気を失ったかのように落ちてゆく。


夢のような光景に胸を打たれ、

これ以上ない至福に何の審判も恐れなくなってしまう。


傍に居させてほしい。


憧憬などではございません。


私は来世の約束なども致しません。






***







唇に花の蜜を塗ってみる。

折りを入れた葉に水を伝わせ口元に注ぐが、男は口の端から水を零すだけだった。

そのうちに、男の呼吸は荒くなり顔も土気色に変わってくる。


(――仕方がない)


戸惑いながらも水を口に含み顔を近づけた。すると、男の息が顔にかかり、咄嗟に躊躇い飲み込んでしまった。


今度は失敗しないように、顎を上に反らせ、口を開けさせる。すると、男は小さく呻いた。

潔く、再び口に水を含み男の唇を目掛け、自分の唇を合わせてみる。

思ったよりも柔い感触に体が強張り、ぎこちなくもちょろちょろと口内に水を注ぎ始めれば、男はコクリと喉仏を上下させた。


その好意を何度か繰り返せば、怪我人の前であることも忘れ、恍惚となる。


「――はぁ」


愁いを帯びたその溜息は何なのか。


嬉しいのか、悲しいのか、辛いのか……。


知らぬ男を助けてしまったその女、『クク』は、仄暗い(いわや)の低い天井をぼおっと眺めながら、初心(うぶ)な心をしきりに落ち着かせた。





***





夜が明けきらぬ頃、山菜や薬草を収穫しに数人で里を出た。

不意に空を見上げれば、カラスやワシが渓谷の方角に群れを成して飛んで行くのが見えた。山がいつもより騒がしい。カラスの声が不気味なほどに、反響し不安に駆られ落ち着かなくさせる。


「姉様方、私は渓谷の方に向かいます。昼過ぎには村へ戻ります。姉様たちもお気を付けて」


一緒に集落を出た女たちに告げ、ククは渓谷へと向かった。


山菜の収穫を後に回し、まずは山の状況を確かめる。


渓谷を見下ろす絶壁に立ち、空を羽ばたく鳥の群れを目で追うと、その下に視線を向けた。


「やっぱり……」


肩で大きく溜息を吐き、心中苦々しく思った。


「また……(いくさ)


対面の山肌に目を向ければ、立て掛けられた刀の様に鋭く輝く滝が、白い飛沫(しぶき)をあげ流れ落ちている。その滝から流れる渓流の岸にたくさんの武具が落ちていた。


戦で倒れた者たちが川に落ち、流され、そのまま深い滝つぼに吸い込まれる。故に死体は浮かび上がらず、武具だけが岸に上がるのはいつものことだった。


(――でも、こんなに多くの武具が散らばっていることなんて、今までになかった)


僅かな苛立ちが小さく燻り、やるせなさが募る。


(戦なんて……愚かだわ)


ククは登る朝日に手を合わせ、戦って屍になった者たちを弔った。伏せていた瞼を上げ、再び目を凝らし周辺を見渡せば、崖の中腹に鎧をまとった男が一人、うつ伏せで倒れているのが見えた。


不測の事態に多少混乱するものの、ククの行動は早かった。


谷を男の元まで降りなくてはいけない。そして登るのも一苦労だ。それでもククは男の元へ向かうのだった。見捨てることなどできなかった。


慣れた山道だが、女の身にはしんどい。

汗を掻きながらようやく男の元へと辿り着いた。

倒れていた男は赤い鎧を纏い、立派な刀を握っていた。

そしてもう片腕に握るのは、化粧をした武者の生首だった。


初めて見た生首に腰を抜かし、顔を反らしながら念仏を唱えた。


まずは遠巻きに倒れている男の様子を窺う。そしてその男の口元に恐る恐る手をかざせば、息があたった。ならば、男を手当てしなければならない。


ククは生首に手を合わせ、硬く握りしめた男の指を一本一本ほぐし、哀れな首を放した。


(――ごめんなさい。また後で埋めにきますから)


男は意識を失ったままだ。突然飛び起きて、夜叉の形相で刀を振るわれては困るため、もう一度男の顔を覗き込む。

苦痛に耐え顔を歪めているが、暴れ出す様子はなさそうだ。傷が命に障りなければいいのだが、ククには判断できなかった。


生首をそのままに、だらりと垂れた男の太い腕を肩に回すが、あまりにも重量があり、到底持ち上げることなどできなかった。乱暴だが鎧を掴み、ズルズルと男の身体を引きずるしかない。


自分の身体の倍はあろうかという大男を近くの(いわや)に、休み休みやっとの思いで運び、鎧を剥ぎ取った。


浅傷だらけの逞しい体を丁寧に濡れた手拭いで拭き、折れているであろう足に添え木をし、かぶっていた頭巾で括った。男は脇腹に深手を負っていた。腹を槍で突かれたのか、血が流れ出ていた。


(――酷い……。でも、ここでどうにかするしかない)


背負い籠に常備している気付けの塩と酒、薬草を取り出し、手荒いが男の腹に酒を吹きかけ、塩を擦り込む。すると意識朦朧としていた男が脂汗を流し悶え苦しんだ。だが男の気力は続かずそのまま、また意識を失った。


荒治療を終えれば、ククの身体もみるみると布切れのごとく、くたりとなってしまった。

男以上に汗だくだった。

心臓も早鐘を打ちまったく落ち着かない。


はっ、はっ、と荒い呼吸を(いわや)に反響させながら、横たわる男の顔を無意識にじっと見下ろせば、助けた男が何者かも分からない恐怖が、今更ながら湧いてきた。

人を殺せる男だ。

気が狂っているかもしれない。


(――でも、こんな窟で大した治療もせず寝かせて置けば、明日には死んでしまうかも)


狂人だと困るが、死なせてしまうのはまた虚しい。


乗り掛かった舟だ、と決意を固めると、当分この窟で看病できるように、必要な物や囲炉裏(いろり)を作る場所などを思案しながら、近くの沢へと向かった。


水を竹筒に汲んできては、手拭を濡らし、男の汗を拭き取ると額に手をかざす。高熱が出ているようだった。そう思えばまた、薬草を煎じて飲ませ、ククは手際よく男を介抱した。

そうしているうちに陽が頭上に登りそして傾き始めた。男の呼吸は幾分落ち着いたように思えた。だが時折、頭を動かし掠れた声で呻いた。


「だめだ!……やめろ」


「……姫、待て……」


男は夢の中でも戦い、姫と口にし、涙を流していた。


(――この(ひと)にも人の心がある)


その涙を見てククは、胸を撫でおろした。































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