三日目 早朝
いつもの朝。ドアの前。僕、ひとり。
寝ている妻や娘を起こさないように、こっそり出勤。もう慣れた。
まだご近所さんもいない通路を静かに歩いて、いつも通り階段へ。
不意に背後でドアが開く音がした。
はて?
忘れ物かなにかに気付いて、君世が届けに来てくれたのかな。
続いて、ゆっくりとドアが閉まる音。
僕は後ろを振り向いた。
胸元のリアルな三毛猫と目が合うのは、これで何度目だろう。
501号室の住人、例のあの女性が、すぐ後ろに立っていた。
「お」
驚いて、思わず声が出た。
「お?」
三毛猫のトレーナーの上に、スカジャンを羽織った彼女が聞き返す。
「……おはよう、ございます」
僕はなんとか取り繕った。
「おはよう。これから、お勤め?」
別に上から目線というわけではないようだけど、この女性。
いくらご近所さんだからといって、もうちょっと物の言い方というものが――。
と思っても、ここで言い合いになって、のちのちご近所トラブルになっても困るので、僕は自重する。
「あ、はい」
「帰りは夕方?」
「遅くならなければ、たぶん」
「そう。わかった。いってらっしゃい」
「え……? あ、はい」
なんだったんだろう、今の会話は。
軽く会釈をすると、気だるげに軽く手を振るおとなりさんを残して、僕はその場をあとにした。
後ろでドアが開いて、また閉まる音。
彼女が自室へ、501号室へ戻ったんだろう。
なんか変な人だな……。あの、おとなりさん……。
駐車場まで来た僕は、なにか気になって振り返る。
ふと五階を見上げると、家のドアの前に誰かいる。
通路の壁の手すりに片手をのせて。
珍しく早起きした妻が見送りでもしてくれてるのかな。
そう思って、手を振ろうとして気が付いた。
おとなりさんだ。
でも、この駐車場に見るべきようなものは特に何もない。
おとなりさんがこっちを、何故か僕をじっと見ている。……ような気がする。
なんだか気味が悪くなり、気付かないフリをして僕は踵を返した。