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二日目 夕方

今日もまた定時に仕事が終わった。

ただでさえ珍しい定時終わりなのに、それが二度も続くとは。

マンションが投げかける影から踏み出すと、あたりは夕映えで染まっている。


自転車が立っていたり倒れていたりする駐輪場。

その隣のどこか頼りない桜の木。伸びる歪んだ枝に、まだ小さなつぼみ。


マンション入り口からエレベーターを横目に見る。

ちょうど一階で停まっていたが、僕はいつも通りに階段へと向かう。


運動不足解消のためとはいえ、歩きで行くには五階は遠い。

普通の人はエレベーターを使うはずだ。

だから、他の住人と階段で顔を合わせることは、ほぼなかった。

一歩ずつゆっくりと三階あたりまで来ると、階下から足音が聞えてきた。

珍しいことに誰かが後から上ってきているらしい。

行き先が二階や三階なら、そうおかしな話でもない。

僕は別段気にも留めずに上へと進む。


はずだったのだが。


僕が四階を過ぎる頃、下の足音はまだ続いていた。

遅い。

ふらついてるかのような不安定な足取り。


お年寄りの方だろうか。


だとしたら余計に、階段じゃなくエレベーターを使うはずでは?

しかし、単に歩きたい気分だったということもないとは言えない。

目的地までどんな経路を使おうが、それは往く人の自由だから。

とはいえ、言い知れない不安が胸をよぎる。

五階まで来た。

あとは僕の家、502号室へ急ぐだけだ。

遅い後ろの足音はまだ止まらない。

音の遠さからすると、まだ四階のはず。


だが、止まる気配がない。


……まさか、僕を追ってきてるんじゃないのか?


跡をつけられる理由なんてない。

ないはずだ。

たぶん、おそらく、きっと。


だから、それは僕の勘違いだ。


なにか急に恐ろしくなり、自然に僕は早足になる。

うしろで足音が止まった。


この階だ。


怖くて振り向けない。

平静を装って、そのまま進む。

502号。僕は自分の家のドアノブに手を伸ばす。

ドアに向かった目の端。

あえて見ようとしなかったのに、その姿を捉えてしまった。


昨日の女性だ。


スカジャンとリアルな三毛猫のトレーナー。ぼろぼろのジーンズにサンダル。

手にはまたビニール袋。

昨日と同じ格好で、こちらへと向かってくる。


早く家に入ってしまおう。


そう思っているのに、なぜか身体が動かない。


近付いてきた女は立ち止まると、僕に言った。


「……もしかして、502号?」


僕は横を向き、はじめて彼女の顔を見た。

泥のような目。

僕はとっさに声が出なくて、黙ったまま頷いた。

すると、なぜか彼女も頷き返す。


なんだ。普通の人じゃないか。

ただ独特のファッションをしてるだけの。


やっぱりこの人は新しく501号室に引っ越して来た人だったんだろう。

それなら同じ道を辿るのも当たり前じゃないか。

自分の臆病ぶりになんだか気恥ずかしくなってくる。


「それじゃあ、失礼します」


僕はそう告げると、その場から逃げ出したくて、ドアノブを掴もうとした。

このことを君世と早苗に話したら、きっと笑われてしまうだろうな。

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