二日目 早朝
朝に家から出るのは、僕が一番早い。
共働きで頑張っている妻は、まだ寝ているはずだ。
せめて娘を幼稚園に送っていく時間まで、彼女にはゆっくり休んでいて欲しい。
僕たちの家、502号室のドアの前。
僕はネクタイの位置を直して、気分も新たに仕事へと向かう。
この繰り返される日々が、明日の暮らしを支えているんだ。
とか、ガラにもないことを考えながら。
転落防止の壁と手すりがすこしくたびれてきている、まだ人気のない通路。
503、504とドアの番号を横目で眺めながら、僕は階段へと向かう。
すると、エレベーターのランプが左から右へ変わっていくのが見えた。
誰かが上がってきているようだ。
下りようと階段に足を踏み出すと、ドアの音がチンと鳴る。
この階で停まった。
こんな朝早くから誰だろう。
階下へ足を進めながら、ちらりと見てみた。
出てきたのは、見覚えのある黒いスカジャン。そして、三毛猫のトレーナー。
歩きタバコかと思ったら、細長いサラミを口に咥えた昨日の女性だった。
ぱんぱんに膨れあがったコンビニ袋が両手にひとつずつ。
どちらからも、うちの子が好きそうなスナック菓子が頭をのぞかせていた。
踊り場にいたこちらに気付かなかったのか、彼女は僕の視界から歩み去った。
スマホだろうか。話し声が聞こえる。
「あー、もしもし。わたし。いま、ちょうど居るわ」
この階に知り合いがいて、朝イチで訪ねてきたのかな。
でも、それなら昨日と服が同じってことはないんじゃないか?
だとすると、五階に越してきた新しい住人なのかもしれない。
そういえば、同じ階なら、たしか隣の501号室が空いていたはずだし。
階段を一歩ずつ下りながら、勝手な想像がとめどなく溢れ出して止まらない。
生活時間が真逆だと、隣に人が住んでいても気付かないものなのかもしれない。
ひとまず自分を納得させて、僕は駐車場へと足早に歩いた。
余計なことを考えていると、注意が散漫になって、運転が荒くなりがちなのが僕の悪いクセだ。