騎士ベルリオーズとマドッグ2
空気が冷え冷えと張りつめていく。
ベルリオーズはバスタードソードを抜いて、片手で手綱を握った。
「ハワード、公正にだぞ」
ベルリオーズが念を押すと、マドッグが呟いた。
「完全武装で馬にも乗る。どこが公正だ」
勿論ベルリオーズは無視をする。
こうして最初の決闘が始まる。
騎士ベルリオーズVS戦士マドッグ。
仕掛けたのはベルリオーズからだ。ブラックウインドを走らせ一気にマドッグとの距離を詰める。
そして間合いに入った瞬間、バスタードソードを一振りした。
が、マドッグはそれを予測していたのか、最初から馬の正面に入らず、剣の範囲から転がり回避する。
ベルリオーズはすぐに馬の向きを変えると、同じように突進した。
やはりマドッグは前転してかわした。
「逃げるだけか? マドッグ」
「そちらこそ、お得意のランスは使わないのかい?」
ベルリオーズは顔をしかめた。
ランスは集団戦だから使える武器だ。一対一の徒歩の敵には使えない。何せ馬の進行方向からずれるだけで無力化できてしまう。
「なるほどな」ベルリオーズは納得した。
マドッグが馬に乗っていないのは正面からのぶつかり合いを避けようとの魂胆だ。軍馬を持つ金がないだけかもしれないが。
「しかし!」
ベルリオーズは馬首を巡らせた。もう逃がすつもりはない。瞬発力では馬が勝っているのだ、マドッグの小賢しい浅知恵を力、馬の脚で文字通り粉砕しようと考えた。
「覚悟!」
ベルリオーズはブラックウインドの腹を足で叩いた。
騎士ベルリオーズはローデンハイム王国では知らない者がいないほどの勇士だ。
勇士決闘の候補に加えられる資格は十分にある。彼は混沌の怪物達だけでなく人間同士の戦にも出て、敵を散々打ち破ってきた。
囚われた時の身代金は普通金貨三万枚。ギガテス伯程ではないがその名声は抜きん出ている。
彼は騎士を体現した人物でもあった。
城では若い頃から貴婦人達との『宮廷風の恋』に興じて、戦の遍歴と同等の経験を積んだ。各地で行われるトーナメントには必ず出席して、敵から戦利品を奪った。
どんな戦いでもいつも先頭で、最初に、敵騎士に突撃し、最初に、落ちた街で略奪し、最初に、負けた領地で武器を持たない人々虐殺し、最初に、逃げる女を強姦した。
騎士らしい騎士である。
だから彼はマドッグと名乗ったみすぼらしい男が前に現れても、心が揺れることはなかった。
マドッグが持っている武器が板金鎧には利かないこと、防具がただの革の部分鎧だけだとすでに見抜いてもいる。
ならば恐れることはない。
ベルリオーズにはブラックウインドがいる。
この駿馬も持ち主を殺し、戦利品として得た物だ。恐らく彼が今まで得たどの財宝よりも価値があり、犯してきたどんな美女よりも美しい馬。
ブラックウインドの脚から逃げられた者はいない。
マドッグは何かに飛びつくように前転し、またブラックウインドと騎士の攻撃から逃げた。
ベルリオーズは敵の唇に嘲るような笑みを見つけ、怒りに震えた。
「ブラックウインド!」
再び馬での突撃。それを思い浮かべた。
だがその前にマドッグは手にした槍を投げていた。
槍は空気を切り裂き、ブラックウインドの胸に深々と突き刺さった。
ブラックウインドは悲鳴のような鳴き声を上げ、その場に横倒しになる。
ベルリオーズは反射的に反対側へ飛び降り、愛馬の下敷きになるのは避けた。だが……。
「卑怯だぞっ!」
騎士は怒りに震えた。
愛馬ブラックウインドは血のあぶくを口から吐きながらもがいていた。
「何が? ルールは飛び道具禁止だったが、武器を投げて使ってはならないとは、なかったが」
ベルリオーズは兜の中で歯ぎしりした。
「ブラックウインド……」
横倒しのブラックウイングの子細を見て絶句する。油断した。戦場とは違うと思い、馬に防具を着けなかった。
ブラックウインドはもはやここまでだ。
鉄のバイザーの下でベルリオーズは涙を流した。
騎士とは武具と軍馬があって初めて成立する職だ。馬、とくにブラックウインドのような優秀な軍馬は騎士達にとって財産であり、恋人であり、友だ。
実際、まだ修業時代に諸国を遍歴したベルリオーズは、ブラックウインドと会話したり、歌を聴かせたりして若者時代の孤独をいやした。
そのブラックウインドが、苦しそうに口を開け閉めして最後の時を迎えようとしている。
「許さん、許さんぞマドッグ!」