マドッグの運命
「一攫千金てあるもんだな……」
マドッグは冒険の不思議に思いを馳せながら呟いた。一攫千金を信じていなかったルベリエなら、何と答えたろう。
ソフィーがまだ治療を受けている。
ムノンの瀉血だ。
とにかく、と彼は安堵する。
「これで無意味な戦いは終わりだ」
瞋恚の眼差しが彼を追う。ムノンの娘のエリナはまだ許してくれない。
マドッグは彼女を守ろうとしたミュルダールを、殺している。
彼女だけではない。サイレスの街で、マドッグはもう後ろ指をさされる存在になっていた。
冒険者の仲間を裏切り、無意味な殺しを続けた。王の命令なんて関係ない。人はその事実だけでマドッグを軽蔑し嫌悪している。
しかし彼は満足だった。
こうして家族のソフィーを治せるからだ。
水銀の丸薬も、タップリ買い込んでいた。
後はこのまま瀉血を続ければ、ソフィーも直によくなるだろう。大金貨三万枚も喜捨して、大司教ドミニクスの魔法の治療も頼んである。
ふー、とマドッグは息を吐き、椅子にもたれかかる。
まだ彼自身の傷は治していない。だが彼は今、貴族並に金がある。いつでも治癒の魔法で、傷一つ無い体に戻れる。
そしたらこの街は居づらくなったから、健康になったソフィーと違う街へと越すのだ。
そこでは大きな庭付きの屋敷が手に入るだろう。美味い物を毎日食えるだろう。
もう命の危険を冒してゴブリンから装備をかっぱぐことはない。
彼の、彼等の未来は輝いていた。
「そう言えばマドッグ様」ソフィーから血を抜きながら、ムノンが目を上げる。
「異世界人はどうなりました……その、どんな奴らでした?」
マドッグはムノンの疑問を正確に理解する。異世界人について興味があるのだ。この世界は異端と呼ばれる魔法があり、異世界から飛来した悪魔がいるとされているが、異世界人については、ほとんどの人が知らない。
「どこも違わねえよ、むしろいい奴らだ」と、答えながらも実はマドッグすら異世界とは何かが判っていない。
「……そうですか、でそいつ等は?」
「もうローデンハイムから出たところだろう」そしてマドッグは吹き出す。
異世界人オリエの、ビャクヤに対する瞳を思い出したのだ。
可憐な少女のフリをして、目の中で朱に散る愛欲を隠しもせずビャクヤに向けていた。あれはべた惚れどころか泥惚れだろう。
「……ま、あの分じゃ、仲間と再会する頃には三人になっているだろうがな」
「へ?」ムノンは理解できずに呆ける。
「とにかく、死の冬の前に元の世界とやらに帰れればいいな」
マドッグがそう締めくくると、どたばたと煩く、浴場主ムノンの使用人が入ってくる。
「何だ? 治療中だぞ」ムノンが不機嫌そうに叱ると、彼は怯えたように俯く。
「あ、あの……マドッグ様に会いたいという方が見えています、その……」
マドッグは察した。用心のために持ってきたロングソードに、手を伸ばす。
「あ、ダメでさぁ、その体で……逃げるべきでさぁ」ムノンは太い声で警告する。
マドッグの左目はまだ潰れている。肩の負傷は癒えていない、右腿も感覚がほとんど無い……だが。
「仕方ないさ、俺は殺してきちまった。今更戦いを回避は出来ない」
寂しく笑うと、マドッグは使用人に連れられ、外に出た。