死者の国5
「……つまり、あんたの言う死の超越ってのは、フレッシュ・ゴーレムになることだろ?
あんたは意識があるフレッシュ・ゴーレムだ」
「貴様!」キルバリーは今までとは打って変わった、憎しみに塗りつぶされた目でマドッグを射る。
「……二階な、あそこは死体がわんさかあるはずだ。コイツ達みたいに騙された奴らのな……死体の腐った臭いは、冒険で一番最初に知ることだ」
ビャクヤとオリエはようやく自分達が何をされようとしていたのか判ったらしく、青ざめていた。
「若い体がこいつのパーツにならなくてよかったな」マドッグはにやりとする。
「期待していたんだがな、世の中は甘くないか」
「おのれ……小僧めが」キルバリーは地獄の底で響くような声を出す。
「わしの不死の邪魔をしおって」
魔法が解けたのか、キルバリーの体中の縫い傷が表面に現れていた。顔も覗いている手も、場所場所で色や大きさが違う。色んな死体の一部分を切り取ったのだろう。
「あんたが成功したのは、アンデッドになっても意識を保つことだろ?」
望みが打ち砕かれて無言の異世界人に代わり、マドッグが指摘する。
「不死かもしれんがな、趣味じゃないな」
「そ、それじゃあ加藤君達は……蘇生は……?」
キルバリーはビャクヤを嘲笑する。
「愚か者! 死んだ者が蘇るはずなかろう」
「あんたで試すさ」マドッグが犬歯を剥き出すと、キルバリーは邪悪な笑みになる。
「そんなこと出来るかな? わしがフレッシュ・ゴーレムだけの魔道士と思うなよ、わしはネクロマンサーじゃ」
途端、部屋が揺れだした。キルバリーの命を受けたのか、現れる。
この世ならざる者達が。
暖炉から燃えさかる死体がはい出て、本はポルターガイストにより空を舞い、木の床のカーペットを剥がしてゾンビ達が手を伸ばす。ガラス窓はスペクターの集団に外からばんばん叩かれる。
屋敷は一気に騒がしくなった。
二階の死体安置所の奴らも目を覚ましたのだろう。あちこちから叫び声が、幾重にも響いた。
「ふふふ」キルバリーは三人を嘲弄した。
「さすがの貴様等もこの数には抗せまい」
「……なあ」マドッグは首を捻った。
「操っているあんたがここにいるんだが、それはどうなる?」
キルバリーは左右性別も長さも違う足を繋いでいるために、まだ起きあがれず、床に転がったままだ。
「わしは殺せぬ! 傷ついたら痛んだ部分を取り替えるだけじゃ。何の心配もない」
「……例えば」マドッグはロングソードを、持ち上げた。
「これであんたの脳を潰してもか?」
キルバリーは目を剥いた。
「……そ、それは……脳はダメじゃ…………」
「お前……バカだろ」マドッグは片手で顔を覆った。
「ま、待て! ……ジョークじゃ、そう! 全部冗談じゃ。お主等に危害を加えるつもりはないんじゃ……だからこのまま帰ってくれないかの?」
ビャクともオリエは言葉もなく、ただ口をぽかんと開いた。
「……わかった、わしの財宝もやろう。だから脳だけは、脳だけはやめてくれ」
「そんな訳ないだろ!」マドッグの剣がキルバリーの頭に突き刺さり、「ががが」とネクロマンサーは血も出さず、床に沈んだ。
ピタリ、と周囲の喧噪も消える。その場にゾンビが倒れ、本は落ち、スペクターはかき消える。
マドッグはしばらく辺りを観察し、安全だと判断した。
となると、最後の戦いだけが残る。