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死者の国2

 彼の傷だ。



「死の冬……知っているだろ? この世界は神に見捨てられてから冬が厳しくなった。何でも人類を前に進ませないためにだそうだ。畑は石みたいに凍り、毎日雪が降り、家畜は死に絶え、油断しているとすぐに人も凍死する……みんな生きていたければ暖炉に張りついていなければならない時期さ。ちなみに糞も暖炉の前の桶でする」



 マドッグの目が細められる。彼はいつのまにか捨てた故郷を見ていた。



「俺はさ、こう見えてもパン屋だったんだぜ……パン屋の息子」



「……はあ」



「……あのなあ、お前達の世界ではどうだか知らないが、田舎の村でパン屋は重要な職なんだ……だがある日、親父は告発された。パンに使う大麦の粉を、不当に搾取しているってな、荘園裁判は散々だったさ、陪審員は誰も親父の言うことに耳を貸さず、親父は結局有罪となり、冬のために育てていた豚を全部賠償として取られた」



 マドッグは苛立たしげに前髪を跳ねる。



「親父はそんな男じゃなかった! いつもきっちり持ってきた粉の分だけパンを焼いた。親父が泥棒何てしていない事は、誰よりも一緒の食卓に着く俺達がわかっていた。」



 だがな……マドッグの声が小さくなる。



「すぐに真相は割れた。パンの粉を誤魔化していたのは、水車小屋の粉ひき一家だったんだ。みんな勿論知ってたさ、だが村のクズどもは水車小屋の粉ひきが、領主からの信任厚い者だから親父を生け贄にした」



 マドッグの表情が消える。



「その冬は寒かった。寒くてひもじかった……何てったって、喰うはずの豚の乾燥肉がないんだ。幼い妹はすぐに死んだ。親父はお袋が病気になると、何かを探してくると外に出た……死の冬の中にな、で帰ってこなかった。結局お袋も死んだ。おなかがすいた、て苦しみながら」



 ビャクヤ達は無言だ。衝撃を受けているのだろう。




「俺は一四のガキだった。だがやることは判ってた。……死人税を払うことじゃねえ、冬が開けると鉈をもって水車小屋に行き、粉ひきとそのガキ共を皆殺しにしてやった……すぐに村から逃げたよ。それ以来、俺は冒険者さ、名前を変えてな」




「そんな……こと、って」ショックなのかオリエの声が湿る。



「気にすんな、ここはそんな世界だ……だけど俺は今は幸せだ、妻のソフィーがいる。彼女の為には何でもやる。おまえ達の世界だって、戻りたいと思える今がきっと一番いい時代なんだろうさ」


 マドッグはここで舌打ちした。


 喋りすぎたと自分で判る。レイチェルやルベリエにも語ったことがない昔話もしてしまった。


 だがどうしてか、彼等に自分の出自を話しておきたかった。これからの決闘に対しての贖罪かも知れない。


「おおっと、おいでなさったぜ」マドッグが過去語りなど無かったように、明るく声を出し、「う」とオリエの戦く声が聞こえた。


 巨人がいた。だだの巨人ではない。人間の死体を滅茶苦茶につなぎ合わせた、見るもおぞましい化け物だ。


 フレッシュ・ゴーレム。魔道士の趣味の悪さが爆発した代物だ。


「行くぜ」とマドッグは右手にロングソード、左手にハルパーを握るが、ビャクヤが囁いてきた。


「……ではマドッグさん、あなたの本名は何て言うんですか?」


「何だよ、いきなり」気勢をそがれたマドッグが振り返る。


 ビャクヤの真剣な目があった。


 どうやら彼も決闘を考えているらしい、堂々とした戦士と戦士のだ。



「本当の名前……タフティだ」ソフィーしか知らない名前だった。彼が幸福だった頃呼ばれていた、父からつけられた本当の名。




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