死者の国1
第七章
ネラクスの墓場。もう五〇年前に放棄されたサイレスの街からも遠い共同墓場、らしい。
かつては街の人々が埋葬されたが、どうしてかいつからかアンデッドの巣窟になり果て、誰もが見捨て、そのままになっているそうだ。
マドッグと皆部白矢、細木織恵はそこへ向かって歩いていた。
真っ昼間だというのに太陽は厚い雲に隠れ、黒雲は時折竜のような稲妻をちらつかせていた。
白矢は織恵にこの後のマドッグとの決闘を話していない。
もし知られたら彼女は全力で阻止するからだ。
織恵は変わった。
かつて彼女は白矢が危険を冒す事にも応援するくらいだった。
しかし今の彼女は彼が何をするにも付いて来て、少しでも危険だと思える事をすると、身を挺してまで止めた。
「だめよ! 危ないことはしないで!」
例え喧嘩の仲裁に入ろうとしても、この言葉で阻まれる。常にみんなを心配していた織恵が、いつの間にか白矢の安全しか考えなくなっていた。
一方マドッグは覚悟を決めていた。
彼はこの生真面目で勇敢な異世界人が何となく好きになっていた。だが殺すのだ。
ソフィーだ。
あれから毎日彼女を治療している。瀉血と水銀の丸薬だ。
だが一向に彼女の病は癒えなかった。それどころか常に口から涎を垂れ流し、重い下痢で、便を漏らすようになった。マドッグの左顔面の怪我さえ見えない程に憔悴している。
もはや彼女を救う手は一つだ。
大司教ドミニクスの奇跡……大金貨三万枚。
しかも昨日のブローデルとの会話で判ったが、ドミニクスも妻帯しているし、酒も飲んでいる。つまり教会に禁止されている行いを平気でしている。
ふっかけられて大金貨三万枚じゃ済まないかもしれない。
考えれば考えるほど暗くなるマドッグだが、背後の二人には微笑みを誘われた。
どうやら二人は結ばれたらしく、オリエの方が女の目でビャクヤを監視している。
「なあ、ビャクヤ」つい話しかけてしまう。
「はい」
「女は大事にしろよ、ちゃんと可愛がってやってるか?」
「はい! 昨晩も……」
彼が黙ったのは、オリエにつねられたかららしい。
「わははは、そーいやミュルダールが謝ってたぜ。誘惑して悪かったって」
「ミュルダールさん? どうしてます?」
「ああ……俺が殺した」
ビャクヤの表情が変わった。だがすぐ「いて」と顔をしかめる。またオリエにつねられたようだ。
マドッグは内心笑った。
この初々しい恋人達は何故か彼の心を温かくする。だからこそ、この後の決闘は憂鬱だった。
ソフィーのためだ。と唇を噛むが、ビャクヤが敗れたらオリエはどうなるんだろう、それを考えると心が萎えそうになる。
「さあて、そろそろ仕事だぞ」
彼の悩みを吹っ切るようなタイミングで、それらは現れた。
墓場から這い出るゾンビ達とスペクター、グール達だ。
三人は即座に、それぞれ戦闘態勢に入った。
苦戦はしなかった。何せ彼等は国で挙げられる程の実力者なのだ。ミュルダール程圧倒はしなかったが、着実にアンデッドをただのデッドに戻していく。
「そう言えば……」マドッグは無駄話をする余裕もあった。
「お前達は異世界から来たんだろ? どんな世界だ?」
「ええっと」これまた余裕があるビャクヤが、応じる。
「この世界より大分文明は進んでいます。馬より早い鉄の車や、空を飛んで違う国に行く飛行機とかがあります」
「すげえな」しかしマドッグはあんまり感心していない。実は想像も出来ない。
「マドッグさんはどうして冒険者になったんですか?」
それはビャクヤの何となくの質問だろう。間つなぎみたいなものだ。
だがマドッグの口元は引き締まる。