白矢とブローデル4
顔半分が赤く爛れている……マドッグだ。
「こんなこったろうと思ったぜ。前に決闘しかけた時に、あんたの陰険な目が気になってな」
「何をする!」だがリュイの叫びはそこまでだ。マドッグに顔面を強か殴られ、白い歯が宙を舞う。
「この勝負、異世界人ビャクヤの勝ちだ。異論があるならあんたらがやった反則を広めるまで、そうなれば教会も……アンタの身もヤバイだろ?」
血まみれのリュイに怯えた表情が、浮かぶ。
「ブローデルには妻のことで借りがある。もしお前が大人しくブローデル敗北をギルドに伝えれば、この汚い手は忘れてやる」
是非もない。リュイはその場にクロスボウを落とす。
「行け! 行って結果を伝えろ!」
マドッグはもう一度彼の横面を殴り、反則を犯した見届け人はふらふらと木の向こうに消えていった。
ブローデルはその場に片膝を落とす。
「……どうして、地母神の神託が……私は神託の通りに……」
「それは本当に地母神の言葉だったのか?」
見届け人を追い払ったマドッグが、ブローデルに答える。
「あんたの都合のいい考えだっただけじゃないか?」
「そんなはずはない!」
マドッグは肩をすくめる。
「ずっと見ていたが、あんたは教会の腐敗がどうとか言ってたが、多分あんたが腐敗していると思った連中も、あんたと同じだと思うぜ」
「同じ?」ブローデルはマドッグの言葉を反芻した。彼は左目を失明しているようだ。
「自分だけ卑怯が許される……神がそう言ったから? きっと他の連中もそうだろうさ」
ブローデルははっとした。羞恥に顔を紅潮させていく。
「何て事だ! 私は自分の弱さから出る言葉を神の神託と勘違いをして、こんな卑劣な事をしてしまったのか」
がくり、とブローデルの頭が落ちた。
「愚かな……あまりにも愚かすぎる」
彼はついと顔を上げると、もう身動きできないビャクヤへと必死に近づいた。彼の肩やらに手を伸ばす。
「これは?」ビャクヤは目を丸くした。傷が治っていくから驚いているのだろう。
「本当は俺の目と肩をやって欲しかったんだけどな」ふん、とマドッグが笑う。
「ビャクヤ殿」彼の傷を癒やした後、ブローデルは頭を下げた。
「私の未熟のせいで、決闘を台無しにして申し訳なかった」
「それよりあなたの傷は?」ビャクヤは起死回生の一撃、バスタードソードでの傷についてブローデルに訊ねている。
彼の腹部からは止めどなく血が流れ出ているからだ。
「ふふふ」とブローデルは頬を緩めた。
「私の奇跡も精神集中が必要です……最早今日は使えませぬ」
「そんな」
「よいのです、ビャクヤ殿。私は卑怯なことをしてその上敗れた。今更生きようとは思いませぬ」ブローデルの体が傾ぎ、横に倒れる。
「ビャクヤ殿……『死を超越した者』はネラクスの墓地に居を構えているそうです……ですが気をつけなさい。教会はその者を討伐対象にしています」
「ありがとうございます」ビャクヤは礼儀正しく礼を言うが、もうブローデルは目を閉じた。荒い息だけが辺りに響く。
「いくぞ」あまりにも冷徹にマドッグが促した。
地母神の聖職者ブローデルVS異世界人戦士・皆部白矢。白矢の勝ち(ブローデルの反則)