白矢とブローデル3
ブローデルは微塵も己の卑劣を自覚していない。
彼は元々裕福な貴族の四男だった。生まれの不運だ。
貴族は長男なら莫大な財産にありつけるが、その下は先細りしていく。四男などそこらの商人の方が沢山の財産を残せるくらいだ。
だがブローデルは腐らなかった。彼はその時もう教会へ通い、古代魔法帝国崩壊の後も人間を見捨てなかった唯一の神・地母神エルジャナの使徒となる決心を固めていた。
彼はすぐに教会に入ると、厳しい修行に耐えた。
だが教会で日々を過ごす内に、知ってしまった。
司祭達の腐敗に。
十分の一税と呼ばれる、王侯を含めた到る者達から得る税金で、司祭達は贅沢三昧だった。
禁止されているはずの妻を娶るどころか、中には愛人を数人囲う司祭さえいた。
教会のために使うはずの税は彼等の懐に入り、貧しい者達が必死で収めた血の色をした金を、極上の肉や酒や享楽に使う。
ブローデルは怒り狂った。怒り狂って腐敗した教会を何とかしようと行動した。
無駄だった。
所詮貴族の四男の一司祭では、教会の欲望を正すことも、告発する事も出来なかった。
ブローデルは絶望し、嘆いた。
だが、女神エルジェナは彼を見捨てていなかった。
機は突然訪れた。
勇士決闘だ。それで勝てばブローデルは多額の金と領地を得ることが出来る。つまり発言力も上がる。
教会の腐敗も正せて、庶民の税も無駄にならない。
そう、だから……
「私だけは卑怯でも許されるのだ!」ブローデルは宣言した。
「何せ私は、正しいことをしようとしているのである! 腐敗した教会を立て直す!」
彼は目をつぶり、今一度地母神エルジャナに問う。
──私はこのような戦いをしてよろしいでしょうか?
答えはすぐに返ってくる。
『OK! やっちまえ!』
いつもそうだった。彼が悩んでエルジャナにお伺いを立てると、その言葉が頭をよぎる。
自分自身の意見だとは露とも考えなかった。
これは地母神の意思なのだ。だから常に正しい。
ブローデルは胸を張る。
「ううう……」ビャクヤが呻いていた。
どうやらまだ息があるらしい。
「哀れな」ブローデルは止めを刺すために歩み寄る。彼の忠実な弟子であるリュイが再びクロスボウを持ち上げるが、首を振った。
そもそも勇士決闘は飛び道具が禁止だ。万が一、ビャクヤの致命傷でそれがばれたら、地母神様も言い訳できない。
ブローデルは一歩一歩ビャクヤに近づいた。モーニング・スターで頭を潰すために。
彼は絶好の位置へとたどり着いた。
「今楽にしてしんぜよう」ブローデルは重いモーニング・スターを振り上げた。
次の瞬間、彼の腹を剣が貫いた。
ビャクヤのバスタードソードだ。
「だろうと思ったよ」ビャクヤは未だ輝く目で、ブローデルを睨んでいた。
「この決闘は飛び道具は禁止だ。最後には自分で止めを刺しに来る、その時がチャンスだった」
ブローデルは唖然とビャクヤの台詞を聞き、自分の腹を確認した。
たっぷりと出ていた腹部に剣が深々と埋め込まれている。燃えるような痛みが湧き出て、赤い血が噴き出した。
「馬鹿な! エルジャナよ……何故なのだ」
「貴様!」見届け人のリュイがクロスボウを上げ、ビャクヤの顔は歪む。だが発射はされなかった。
ブローデルが首を捻るとリュイの肩を、誰かが掴んでいる。