白矢とブローデル1
地母神の聖職者ブローデルVS異世界人戦士・皆部白矢。
「では、始めっ!」
ブローデルが連れてきた狡猾な顔の見届け人が、戦いの開始を宣言する。場所は雑木林の中であり、人気は決闘者と見届け人だけだ。
白矢は手にした魔法のバスタードソードを慎重に構えた。
敵は棘の突いた鉄の球・モーニング・スターを手にしている。
「行かないで! 白矢!」数時間前、三日も飲まず食わずで情事に没頭していた彼が流石に疲れて宿から買った肉にかぶりついていたら、裸の織恵が背中を抱きしめて来た。先刻まで彼の手のままに形を変えた双丘の感触が彼に再び熱い欲望を思い出させる。
「一緒に逃げよう!」
それは魅力的な提案だった。この国の馬鹿げた決闘に背を向ける。正しい選択だ。
だが出来なかった。彼は皆に約束したのだ。『死を超越した者』に会い、失われた仲間を蘇らせる。その情報を持つブローデルからは逃げられない。
「でも!」説明された織恵がまだ否定の言葉を投げようとする。
白矢は唇を重ねて黙らせた。
「織恵、俺は絶対に勝つ、勝って加藤君達を助ける……そしてみんなで元の世界に帰ろう」
「でも!」まだ彼女は納得していない。銀河のように煌めく大きな瞳から涙が流れる。
二人はまた口づけをした。長く淫靡な。
唾液の糸を引きながら離れた白矢は、織恵を抱き締める。
「織恵、俺を信じてくれ、必ず勝つ。愛する君のために」
「……うん」頬を赤くした織恵の返事は小さかった。
だから白矢はもう躊躇していない。ブローデルがその気ならば、彼を殺すのだ。
白矢は織恵を愛している。
今ならはっきりと断言できる。
彼女とこの世界で暮らすのもいいが、1980年代の日本で生活していた織恵を含む女子生徒達は、まだアースノアとの折り合いを着けていない。
この世界の普通の女性は気にしないようだが、彼女たちはムダ毛処理も男子に隠れて行っており、時折腕や臑、脇を傷だらけにしている。
白矢は彼女らに無理をさせたくなかった。馴染みと清潔で便利な世界に戻りたかった。そこでお互い体を石鹸の、息を歯磨き粉の匂いにして、また抱き合いたかった。
ブローデルには負けない。
白矢はラメラーアーマーと鎖帷子の敵の出方を慎重に窺った。自身の鎧は鎖帷子と上半身だけ板金鎧だ。敵の武器は思い棘付鉄球……鎧はあまり頼りになりそうにない。
白矢が有利な所があるとすれば、魔法のバスタードソードだけだ。
「では、参りますぞ」ブローデルは一度目をつぶり、それを大きく開いた。
モーニング・スターを振り上げて白矢に向かって来る。
受けるわけにはいかない白矢は、それを剣でいなした。
火花が散り、重いモーニング・スターが地面を抉る。
ブローデルはだが立派な体躯に相応しく力持ちで、素早く構え直しモーニング・スターの連続攻撃を繰り出す。
白矢は剣を使いながら、何とか耐える。
「ほう、やりますな」ブローデルは感嘆の声を上げ、ちらりと見届け人に視線を投げている。
「では今度のはどうですかな?」
ブローデルは上段にモーニング・スターを構えた。白矢は反射的に剣を横にする。
痛みが走ったのはその時だ。
「え?」と視線を下げると脇腹にクロスボウのボルトが刺さっている。