マドッグとミュルダール4
彼女は音もなく背後に倒れる。
「あああ」エリナが愕然とする声が響いた。
マドッグは立ちつくすエリナを視界に入れず、血の中に倒れるミュルダールに近づいた。
「すまねえな。あんたは強い、こんな戦いしか思いつかなかった」
「しかたないなー、ひどいよー」ミュルダールはまたアホの仮面を被り直していた。
「正々堂々だよー、男ならー。ずーる、ずーる」
唇を尖らす彼女に、マドッグは尋ねる。
「聞きたいことがある……あんたここから逃げられたんじゃないか? エリナを抱いたままで……それから俺達の決闘なんかにつき合わず、何故逃げなかったんだ?」
それはマドッグがずっと抱いていた疑問だ。
ミュルダールは一人でさっさと国から出ればよかった。いちいち他の決闘者と話し合う必要などなかった。
どうしてか彼女は無意味な節を堅持した。
ミュルダールはこほこほと咳をすると、しばし夜空を見上げていた。
「……どうしてかなー。どうでもーよかったんだよー、きっとー」
「うん?」マドッグの眉が上がった。
「私はー百年前にー愛する夫をー亡くしたのー。あれからーこの世界にー興味がー持てなかったー。エルフの血が入っているーてだけでー化け物ー扱いだしねー。もういいかなーて、きっとーそれだけー」
「そうか」
「ねえーマドッグー。一つ頼みがーあるんだけどー」
「何だ」
ミュルダールは目をつぶる。
「異世界人のー女の子ー、オリエちゃんにー謝っておいてー。私馬鹿な事しちゃったー、彼女のー大事なビャクヤくんをー誘っちゃったー。あの子私の夫に似てたからーつい。きっとオリエちゃんー傷ついたはずー。だってオリエちゃんがービャクヤ君を好きなのはー一目瞭然だったもーん……馬鹿だねー。アホの極みだねー。後悔後悔だねー」
「ああ」どうしてかマドッグの心がずきりと痛んだ。ミュルダールを殺したくなかった。
今更だが。
「あ! そうだ、ね、これ見てー、マドッグー、これー」
ミュルダールが不意に掌を上に向ける。
「あ?」マドッグは簡単にそれに顔を近づけた。
「あしっど・しゃわー!」
ミュルダールの酸の魔法がマドッグの左顔面に炸裂する。
「ぐわあああ」マドッグは左目を押さえて地面を転がり回る。
「せめてものふくしゅー♪」
マドッグが焼けた顔の左半分を押さえ身を起こすと、もうミュルダールは息をしていなかった。まるで慈母のような柔らかな死に顔だった。
彼女の傍らにエリナがしゃがんでいて、目をこすっている。
「……決闘の結果をギルドに報告してくれ、エリナ」
少女は怒りに満ちた目でマドッグを射る。
「ああ、判っているさ」マドッグは失明した左目に手をやりながら、彼女に頷いた。
「俺は最低だ」
ローグ・マドッグVSハーフエルフのソーサラー・ミュルダール。マドッグの勝利(魔法切れ)
……ちなみに後年になるが、ミュルダールに助けられたエリナは、浴場を継がず旅に出て、苦労してソーサラーとなり、誰もが知る優しく強い存在となる。