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禁断2

 瀉血。浴場で行われる医療だ。



 ナイフで上腕の一部を切り、悪い血とやらを体外に出す。


 当然、医術と呼ぶに当たらない無知で無駄な行為だ。だがこの世界の医療は一般的にこれであり、マドッグもムノンもソフィーも、むしろ体を弱める愚かな行為だとは知らない。


 マドッグは祈る気持ちで桶に堪っていく血を見つめていた。


 もしこれでソフィーがよくなるなら、無駄な決闘は避けられる。


 本気でミュルダールと戦いたいわけがない。ブローデルとも、ビャクヤともだ。


 マドッグはこれで彼女が快癒してくれることを、人類を唯一見捨てなかった地母神エルジェナに願った。


 だが瀉血が終わると、ソフィーはぐったりと椅子に寄りかかって、動かなくなった。


「うーん、どうやら病は相当根深いようですな。指先が黒いのはまだ悪い血が溜まっているからです、またいらして下さいマドッグ様」


「わかった」とマドッグは失望を隠さず答え、ソフィーを抱きかかえる。


 気のせいか、より軽くなったようだ。


 マドッグは浴場を後にした。あまり劇的な変化はなかったようだが、彼の手の中にはまだ薬があるのだ。



『英雄的治療』と賢者達が褒めそやす、病気の治療に使う丸薬で、成分は水銀だ。



 水銀が体にいい。これもこの世界の常識だ。何せ水銀とは水になった銀であり、錬金術師に言わせれば、賢者の石で水になった黄金に近い、効能を持つ万能薬らしい。


「ほら、これを飲め」


 マドッグはソフィーに水銀が練り込まれた丸薬を渡した。


 疑いなくソフィーは水と一緒に飲む。


「はあ」と彼女は喘いだ。


「ありがとうマドッグ、こんなに贅沢な薬も飲ませてくれて、私きっと治るね」


 ソフィーはそう言い残すと、眠ってしまった。


 ──どうやらまだ瀉血と薬が必要なようだな。


 彼の目元に憂いが浮かぶ。


 もしかしてソフィーを治せるのは、大司教ドミニクスの奇跡だけかも知れない。


 ドミニクスは地母神エルジェナの聖職者として徳を積み、今ではどんな病も一瞬で癒せる奇跡を授かっているらしい。

 

 ただし、それを受けるには大金貨三万枚の喜捨が必要だ。


 ──やはり、勇士決闘か。


 マドッグはミュルダールとの戦いを決意した。



 ちなみにソフィーの病気は、悪いライ麦パンを食べ続けた事による麦角中毒であり、マドッグはただ、食べ物を改善すればよかっただけである。




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