騎士と勇士7
勇士決闘か何か知らないが、コクトーはコンモドゥス王に感謝したい程だった。
ベルリオーズの仇を討てばウィーダとの再婚について、誰も異議を唱えないだろう。
そうすれば彼は美しいウィーダと、ベルリオーズの所有していた広大な領地が手に入る。
人生は大きく好転する。彼も自分に当てられた小さな領地では、騎士をするのも一苦労だった。
そう、ベルリオーズの仇を討つ。
──ウィーダと自分のために。
相手はもう目の前にいた。
冒険者か何か知らないが、所詮賎民のマドッグだ。
革鎧姿のマドッグは興奮に顔を紅潮させるコクトーと対照的に、乾いた目で二人の騎士を眺めていた。
「覚悟しろ! マドッグ!」
コクトーは剣を抜き、共のマンサールにも剣を抜かせた。
歓喜に震えるコクトーが踏み出す……踏み出そうとした。
マドッグはあっさりとクロスボウを取り出し、レバーを引いて撃った。
金属のボルトが、コクトーの腹に命中する。
「ぐふ!」コクトーは唖然とした。唖然としながら下を見て自分の血を確認した。
「……貴様、卑怯な!」
「はあ?」くくくとマドッグはせせら笑う。
「卑怯? これはルールのある勇士決闘じゃないし、お前らお得意の茶番の戦ではないんだぜ」
騎士達の戦ではクロスボウや大弓は禁止されている。卑怯である、との理由だが、本当は、彼等のプレート・メイルもクロスボウや大弓には貫通されてしまうからだ。
「馬鹿なお話しだぜ」マドッグは肩を震わせた。
「お前らが戦と称するお遊戯にはルールがあるらしいが、本当の殺し合いにそんな物は存在しない。そしてこれは本当の殺し合いだ」
マドッグはクロスボウの二射目を放った。
コクトーの胸に突き刺さる。板金鎧など無意味だ。
「……確かに、勇士とされたベルリオーズは強かった。戦でよく目にしたさ、お前みたいな雑魚と違い、奴は戦いの本質を悟っていた……ただあいつもどこか騎士であることが抜け切れてはいなかった」ここで彼は言葉を切り、
「騎士は強いんじゃねえ! ただ固いんだ!」と叫ぶと、口元を緩めた。
「……と、俺の知り合いがずっと言ってたぜ……その通りだと思う」
コクトーは深手の中、となりのマンサールに救援を求めた。だが経験の浅い若者は、がたがたと鎧の鉄を鳴らしている。
「私を殺すつもりか? 賎民よ」
「殺されないとでも思ったか? 騎士様」
コクトーはマドッグの返しに慄然とした。彼は騎士は簡単に死なない物と、信じていた。
敵に捕まっても大抵は身代金で済む。戦場では厚いプレートメイルが、武器を弾いてくれる。
コクトーはトーナメントでは有名人だが、ベルリオーズのように本当の戦、混沌の勢力との戦いには参加していなかった。
「……ウィーダ」今更唇から愛人の名がこぼれ落ちるが、実は遠い地で彼女は、次の愛人と愛を交わしている真っ最中だ……コクトーが知るよしもない。
「……わ、私を殺したら他の騎士達が復讐にやってくるぞ」コクトー自身苦労したのだが、声の震えは止まらない。
「生かしても同じだろ?」マドッグは冷ややかだ。
「な、仲間達が必ずお前を引き裂く!」
「仲間って誰だ? 連れてきた奴ら以外いるのか?」
マドッグの問いにようやくコクトーは周囲を見た。いるのはブローデル、ミュルダール、ビャクヤの選ばれた勇士達……では彼の仲間の騎士達は?
「マドッグ殿、そなたのせいで私も騎士殺しになってしまった」
ブローデルが顎髭を掻きながら非難する。
「まあまあ、そう言うな。ちゃんと考えてある」
コクトーは絶望し、ようやく勘違いにたどり着いた。
賎民とか貴族とか騎士とか王など関係ないのだ。戦いでは弱い者が殺される、それだけだ。
「待ってくれ……判った、お前達から手を引こう。私も少し頭を冷やす」
マドッグは笑顔を引っ込め、真顔になる。
「誰が信じるか」三発目のクロスボウのボルトがコクトーに当たった。兜を被った頭を撃たれ、彼は二度と愛人に会えずに、冷たい石の床に転がった。
「お前の言うとおりだな、ルベリエ……騎士は奪うことに慣れすぎて奪われることを考えていない……」