騎士と勇士6
騎士コクトーは要塞跡の汚れた石の床を、走り回っていた。
いつの間にか不機嫌そうな騎士マンサールが着いてきていたが、あまり気にしない。
彼はとにかくマドッグを、ベルリオーズの仇を、討たなければならない。
己の手で首を手に入れる。
要塞内では戦いの、聞き慣れた音が響いていたが、いつの間にかそれらは止んでいた。
コクトーはにやりとする。
彼は騎士達の勝利を疑わなかった。勇士だか何か知らないが、賎民ごときに高貴な者が敗れるはずはない。
騎士コクトーは本当に心から信じていた。実際は、彼の仲間が倒されていたのだが。
コクトーはマドッグを探して、要塞中を見回った。
「よう、捜し物かい?」
嘲るような声がかかったのは、コクトーが焦ってきた時だった。
──他の騎士に遅れを取ったか?
杞憂だった。マドッグはマンサールを引き連れたコクトーの前に、自ら姿を現したのだ。
「あんたには礼を言うぜ、お陰で他の連中の手の内が判った」
「貴様がマドッグか?」油断無くコクトーは誰何する。
「ああ、そうだ。俺がお前が探していた、噂の騎士殺しのマドッグさ」
コクトーはマドッグの挑発に乗らなかった。
彼は別の事を考えていたからだ。
ウィーダだ。
──ああ! 私のウィーダ!
コクトーはマドッグを前にして歓喜に震えていた。
「ベルリオーズ卿の仇、討たせてもらう」
だがコクトーの頭の中にはもうウィーダの姿しかなかった。
騎士コクトーとベルリオーズの妻・ウィーダが出会ったのは、ずっと前だ。
まだコクトーが従者にもなれない子供の頃、ウィーダはすでに社交界で有名な美少女だった。
艶めく黒い髪に神秘の泉のような青い瞳、すっと通った鼻に厚めの唇。
彼女の美貌は美神の最高傑作だと、コクトーは疑わない。
父に連れられて見に行った貴族のダンスパーティで、一際目立つ存在だったウィーダに、コクトーは幼いながら強く憧れた。
当然、当時からウィーダに言い寄る男は多かった。
彼女は女神のような微笑みで男達の輪の中にいて、コクトーは自分の背が足りないことに、歯がみした。
ウィーダが従兄弟のベルリオーズに嫁ぐと聞いた時、コクトーの心は嫉妬で拗くれた。
ベルリオーズは、コクトーに剣の修行をつけてくれた親戚だが、親しみは一瞬で憎しみに変わった。
美しいウィーダを妻にしたベルリオーズが、許せなかった。
彼が王宮やらで『宮廷風の恋』を嗜んでいると知ると、憎しみは深まった。
ウィーダがいるのに他の貴婦人と寝るなど、コクトーには納得できない。
ちなみにその時、成長したコクトーにも縁談があった。彼も騎士になり、トーナメントや戦で、それなりの活躍をしていた頃だ。
相手はユベール。ベルリオーズの妹だ。
コクトーは一笑に付した。
ユベールは赤い髪を男のように短くし、顔はそばかすだらけだ。そんな醜い女はごめんだ。むしろ彼は、市井の民のように、髪と同色の脇毛を抜かずに生やしているユベールを
『赤い腕』と呼んで仲間と嘲笑っていた。
コクトーには至高神にも匹敵するウィーダがいる。
だがそのウィーダはベルリオーズの子を産み、ますます彼の思慕から遠ざかった。
──ああ……
と、だがその時を思うと、彼は神の采配に感謝する。
出産したウィーダが体を休めるために選んだのは、コクトーの屋敷がある村だった。
コクトーは勇んで彼女に挨拶をしに行き、彼女に騎士らしく忠誠を誓った。
二人が男女の仲になるのは必然だった。
ウィーダは奔放な夫の『宮廷風の恋』に傷ついていたのだ。ちなみにコクトーはウィーダの方の奔放で破廉恥な噂は一笑に付した。
コクトーは神に感謝し、子をなして丸みを帯び始めた麗人を抱いた。
そうなると彼は苦悩し出す。
ウィーダを自分だけの物にしたくなった。
だがその話しをすると、彼女は微笑むだけで何も答えてはくれなかった。
しばしの月日の後、ウィーダとベルリオーズの子、エルンストは無事に育ち彼女がベルリオーズの城へ帰る事となり、コクトーは再び嫉妬の暗黒に落ちた。
それからの彼は鬼になった。
ベルリオーズからウィーダを奪う為に遊歴し、各地で行われるトーナメントには必ず出場した。
騎士コクトーの名は、ベルリオーズほどではないが、それなりに知られるようになっていった。
そんな折、ベルリオーズが死んだ。無様に賎民に殺された。
コクトーは勇躍し、ベルリオーズの復讐を買って出た。ウィーダの熱い瞳を見つめながらだ。