表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/89

前奏曲四


 サイレスの街は川を囲むように建てられたあまり特徴のない街だ。


 石の市壁で防備を固め、中には鍛冶屋に酒場、宿屋、肉屋、大聖堂と散髪屋や浴場まであるマドッグ達の根拠地だった。


 敵からかっぱいだ武器を売ったマドッグ達は、それをきっちり公平に三等分に分けた。


 かつてそれについてレイチェルとルベリエが揉めたことがあるから慎重だ。冒険者の世界でも女の地位は男より低い。


 だからある戦利品についてルベリエはレイチェルの取り分を低くしたのだ。


 レイチェルは猛火のように怒り、ルベリエとの生死をかけた決闘騒ぎになった。二人とも大怪我を負って場は収まったが、それ以来このパーティではどんな分けづらい拾い物でも公平にすることに決めた。

 

 とにかく金を手にした三人は早々に酒場に繰り出すことにした。

 

 と言っても街の中央広場近くにある混じり物がない、いい酒の揃っている『忠実なる従者』停ではない。町外れのごろつき御用達『血まみれ剣』停だ。 

 

 今日に限って鍛冶屋が渋り、手に入れた武器の値段が思った以上跳ねなかったからだ。

 

 当然レイチェルの機嫌は悪い。

 

 マドッグは心得ているのでそう言った場合、彼女にはあまり触れない。


 酒場の扉を開くと、お馴染みの同業者の面々が暗闇で沈んでいたが、マドッグ達が入ったと判ると何故か彼等は興味深そうな視線を投げてきた。


 怪訝に思うマドッグだが、レイチェルの方は今日のお相手を捜すのに忙しいらしい。


 マドッグは店主にエールを注文すると、空いている席に腰を下ろした。


 まだ見られている感触がある、むしろ増えた気がする。


 ……何だ?


 マドッグは内心構えながら、敢えて気付いてない風を装った。


「よう、噂のマドッグ、用意はしたのかい?」


 赤ら顔の店主が木製のジョッキを置きながら無遠慮に訊ね、マドッグは店主がこの居心地の悪い状態の事情を知っていると判った。 


「何だよ? 俺がどうした?」


「あんた知らないのか! 勇士決闘のことを」


 店主があまりにも酷く驚いたので、マドッグは首を捻る。


「何だそれ?」


「王様からの布告さ。マドッグあんたらにはどうやらチャンスが回ってきたらしい」


「……聞かせてくれ」


 今まで物思いにふけっていたルベリエが、顔を上げる。


 店主はわざとらしく肩をすくめると、数日前に冒険者ギルドへと届いた布告の話をし始める。


 勇士決闘。そのルール。そして報酬……。



「ふざけんなっ!」



 マドッグは聞き終わる前に立ち上がっていた。いつの間にか自分の命が、賭け事に利用されていた。


「冒険者ギルドは何してやがる!」


「いや、あの……」酒場の店主はマドッグの剣幕にへどもどになり、一度ごくんと喉を鳴らして唾を飲み込む。


「……長は抗議したらしいが、何せ王令だ、苦り切った顔で帰ってきたよ」


「どうしてあたしとマドッグなの?」


 男あさりをしていたレイチェルが割り込む。それどころではないくらい判るのだろう。


「そりゃあお前達がこの街の、いやこの国の冒険者ギルドのトップランカーだからだろう」


 答えたのは背後の席にいた酔った男だ。


 マドッグには見覚えがある。冒険者ギルドでだ。


 冒険者などごろつきだと誰よりも熟知している彼だから、普段は冒険者ギルドになど近寄らない。しかし仕事を引き受けたり、情報を収集したりと足を向けなければならないこともある。


 この酔漢も冒険者で、ギルドに顔を出していた。


「マドッグ、喜べよ! お前達はこの底辺の生活から抜け出せるチャンスが与えられたんだ……領地と金、そりゃあもう貴族様じゃねえか。うらやましいぜ」


「馬鹿じゃないのか? その為に俺達は名前くらいしか知らない奴らと殺し合うんだぞ?


 大体、それじゃあ俺達は仲間を、身内を殺していくんだ。これからの商売にも障るだろ」


 マドッグは口内に残っていた苦いエールを吐き出すが、ルベリエは感心したように頷いた。


「しかしお前さん達がそんなに有名だったとはな」


「今日は帰る……酒が不味い!」


 マドッグは木床に足を叩きつけながら店を出た。

 


 サイレスの街は日が沈んでもそれなりに賑わっている。


 ここらの街の中では一番大きく、娼舘などが軒を連ねる歓楽街もあるから当然だ。


 マドッグはそんな夜の街の雰囲気が嫌いではなかった。元々自身もアウトサイダーであり、太陽の下で汗する他の健全な職業とは違うと知っているからだ。 


 だが今日の彼は機嫌が悪かった。


 何かに耐えるように奥歯を噛みしめ、石畳の道を行く。


 ──汚ねえ街だ。


 繁盛している娼舘の光に照らし出されるのは、糞尿とゲロと血と酒、様々な汚物が垂れ流された地面だ。


 マドッグはちょろちょろしているネズミを蹴飛ばす勢いで歓楽街を抜け、街の端の端にある小屋へと向かった。


 ボロ切れを纏った年寄りのような、いつ倒れても不思議じゃないあばら屋だ。


 今時屋根は藁葺きで壁は泥を塗った木の板、窓にガラスは無く亜麻布をかけるだけ。


 マドッグは顔をしかめた。無理もない。これが自分の家なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ