騎士と勇士4
騎士ユベールのレイピアは、容易くビャクヤのバスタードソードに弾かれた。
彼女が要塞跡で出会ったのは、まだ若すぎる少年の戦士だった。
内心喜ぶ。
──勝ったも同然ではないか。
だが勇士の一人にあげられたビャクヤは強かった。ユベールのどんな攻撃も易々とかわし、受け止める。なのに反撃はしない。
彼女の騎士としての誇りは傷ついた。
「何故攻撃しない!」
兜をしてないビャクヤの表情が曇る。
「私が女だからか!」
敵の意図を察したユベールは怒り狂った。いつもそうだった。女だから騎士として認められるのにも大変だったし、相続権のために苦労している。
「舐めるな!」
高い声で叫んで、ユベールは連続攻撃をかけた。こと剣に置いて彼女はそれなりに自信がある。『宮廷風の恋』とやらにうつつを抜かす騎士達の殆どは、剣の修練などしない。
ユベールは違う。「女だから」「女だてらに」との言葉に抗うために、必死に自分を鍛えた。
そこらの男の騎士などそれこそ相手にすらならない、と彼女は密かに誇っていた。なのに、目の前の少年は彼女の剣など大したものではない風に、当たり前に逃れる。
「いい加減にしろ、下郎!」
ユベールは激した。彼女は勝たないとならない。勝って兄嫁のウィーダと従兄弟のコクトーの姦淫を告発する。
それによってようやく彼女は領地を持った、本物の騎士となれる。
騎士とは戦士ではない。領地を持った貴族だ。戦う貴族……故に高い武具と高い軍馬を手にしてねばならない。
それには領地がいる。領民からの税がいる。馬と装備を整えるために。
騎士とはとにかく金がかかる。
ユベールは兄の領地が欲しい。父から相続したちっぽけなそれではなく、兄・ベルリオーズが治めていた大農園が欲しい。
それがあれば誰も彼女を悪く言う者はいなくなる。むしろ男共を下僕のように従えられる。
結婚前は父、結婚後は夫の、男の言いなりになり、反抗と言えば浮気ぐらいの貴婦人など真っ平だったし、器量が悪く男達に冷笑されてきた彼女は、有利な結婚も難しかった。
ユベールは力で身を立てなければならない。
なのに第一歩を踏むための戦いに、苦戦していた。
敵の少年は優しげな面差しだが隙が無く、しかもこれが大問題だが持っている剣はかなりの魔力を帯びていた。
勝ったら奪おう、と決めているそれはユベールの連撃に刃こぼれ一つせず、まだ十代半ばくらいの少年の筋力でも簡単に扱えるようだ。
ユベールは奥歯を噛む。
──何故、私の欲しい物はいつも男の手にあるのだ!
ユベールは兜をむしり取って足元に叩きつけた。体力の関係で息が苦しくなったのだ。
プレート・メイルは不便で隙が大きい。ユベールは試行錯誤の中でその結論に達していた。
相手が攻撃しないのなら、一番邪魔な兜は必要ない。騎士ユベールは知らずの内に相手を侮っていた。
「とぅ!」
裂帛の気合いを込め、彼女はレイピアを突き出す。敵の装備は確認済みだ。所々板金の部分があるが、大半は鎖帷子である。突くレイピアには無意味だ。
が、ビャクヤとやらは予想していたようだ。
彼は魔剣でその一撃を防ぐ。
かきーん。高い音と共にレイピアが折れた。ビャクヤの剣とのぶつかり合いで、かなり劣化していたようだ。
「あ!」眼前の敵が叫んでいた。
ユベールが最後に見たのは、折れた自らのレイピアの切っ先が、自分に向かって飛んでくる光景だった。