ベルーガ要塞跡の会合
ベルーガ要塞はまだローデンハイム王国が戦乱の中にあった、百年前に建造された。
強固な石造りでかつては名の知れた要塞だったが、今は役目を終え朽ちている。
戦は終わり、誰も顧みなくなり、手入れもされていない。
だから、要塞跡、である。
その過去の遺物に四人の男女が集まっていた。
マドッグ、ブローデル、白矢、ミュルダール。
彼等は木の屋根が落ち、青い月が見える中庭で、向かい合っていた。
「つまりあんたは決闘を辞めよう、と言うんだな?」
マドッグは無精髭の顎に手をやり、ミュルダールを見つめた。
「そー、こんなのー無駄だよー」
密かにマドッグは感心している。各人の姿だ。
ミュルダールはソーサラーなので判らないが、ブローデルもビャクヤもちゃんと鎧を装備し、武器を下げている。
勿論マドッグもだが、いつ戦いになってもいいように皆用意を怠らなかった。
そうだろう、とマドッグは頷く。
ここでいきなり決闘の可能性もあるからだ。
「私は反対ですな」ブローデルが幅の広い体から、低い声を出す。
「地母神に誓ってしまいました」
「でもさー」ミュルダールは諦めない。
「地母神様はー慈悲の神だよー、他の神様がー世界を見捨ててもー残ってくれたー、そんな女神様がー無意味な血を望むかなー」
「それは私への神託が間違っているとの事ですかな?」
丸い顔を赤くするブローデルだが、ビャクヤが控えめに発言する。
「俺は決闘に反対です。大体、俺がここに来たのは決闘の為じゃないし、賞金も領地もいらない」
「だがな、もう始まっちまったんだ」
マドッグは目を細めた。
「もう、ベルリオーズ、レイチェル、ボガートが死んだ。ここでハイ辞めました、は、あいつらに通じるのか?」
皆、黙する。
誰もがマドッグの言葉について、考えているのだろう。
「だけどさー」ミュルダールはややあって提案した。
「死んじゃったー人達は可哀相だけどー、これからー死ぬ人も可哀相だよー、辞めるべきだよー」
「無理ですな、地母神エルジェナの名にかけて」
ブローデルが頑ななのでマドッグは少し、安心する。
マドッグは決闘をしなければならない。愛するソフィーの為に、ここにいる全員を殺さなければならない。
「じゃー、私はー逃げちゃうよー」
ミュルダールはひらひらと手を振る。
「ビャクヤくんもー逃げよー、一緒にー」
いつの間にかミュルダールとビャクヤの仲が近くなっていると、マドッグにも判る。
「ええと……」そのビャクヤは何か気まずそうだ。
「そんな事をなら、ここでやっちまうだけだ」
マドッグは犬歯をむき出す。だがミュルダールは何を考えているのか、ぼけーとしているだけだ。
「そもそも皆さんは、どうして決闘に拘るんですか?」
マドッグとミュルダールの危険な対峙は、ビャクヤにより破られる。
「そんなにお金と領地が欲しいんですか?」
「欲しいね」マドッグは即答だ。彼にはソフィーがいる。
「私はただ地母神の神託に従うまでです」
「なら勝手にやってくださいよ、俺には目的があるんです」
「目的ってー?」ビャクヤにミュルダールが無邪気に訊ねた。
「仲間の蘇生です。死を超越した魔道士がこの近くにいる、と噂を聞きました」
「む」反応したのはブローデルだった。
「その話しなら知っておるぞ」
「え! 詳しく聞かせて下さい」
「……私を決闘で破ったなら教えよう」
「そんな!」ビャクヤが絶句し、マドッグはにやりとする。
「これで決闘する理由が出来たな異世界人……で、あんたはどうする? ここでやるか?」
一連を見ていたミュルダールは、体を縮めるほど強く杖を握った。
「反対なのはー私だけー? うーん、逃げるとー言ったらここでだしなー、逃げられてもーあんたらー追いかけてくるんでしょー……もうー! これじゃあー私がー我が儘みたいじゃーん。はあ、判ったよー決闘したげるー……ばーかばーか」
「どうやら話はついたようだな」
マドッグは決闘続行が決まり安堵した。肩から力を抜き、つと石壁を見る。
「まあ、そうと決まったわけだが、お客さんが来るようだから、それぞれ何とかしてくれ」
「はあー」ミュルダールは気分を害している。
「何それー、誰ー?」
「騎士様達だ、復讐のためにな」
「何でーここがー判ったのー?」
「俺が冒険者ギルドに報告しておいた」
マドッグの言葉に居並ぶ三人は、ポカンとなる。
「最初から俺達を利用しようとしてたんですか?」
「怒るなよ異世界人、誰かが通らないといけない道だったんだよ」
「でもー、騎士をー殺したのあんたでしょー?」
ミュルダールの鋭い目に、マドッグは遠い目を返す。
「それも違うんだよなあ……俺も巻き込まれたのさ」
彼はうんざりしながら剣を抜き、他の三人も武器を構えた。
「安心しろ、騎士は強くないって俺の知人が言ってたぜ……あくまでも知人がな」
マドッグは皆に無視された。