ヘイミルの笑み
立ち止まったのはサイレスの街の市壁のすぐ近くだ。
振り向くと、整備された街道と森がある。
ふう、マドッグは息をつき、次の瞬間、腰の短剣を超速で抜き投げた。
びぃぃーん、と木に刺さった短剣が振動する。
「おいおい、盗み見は趣味じゃないって、前に言われたろ?」
マドッグが声をかけると、緑の葉で何十にも隠れた木の枝から、一人の青年がすらりと着地する。
いつだったかのエルフ、ヘイミルだ。
「これは申し訳ありません」相変わらず慇懃に礼をする。
──なるほど……。
数日前のレイチェルの気持ちが分かった。
確かにこのヘイミルとか名乗ったエルフは剣呑だ。
改めて見直すと、切れ長の目に刃物の気配がある。
「どうした? 木の上で、獣にでも襲われたか?」
マドッグの言葉にヘイミルは微笑む。
「ダーソンの砦……行かれなかったようですね?」
「ああそれか……」マドッグは苦い顔になる。
実はサイレスにも近い砦で傭兵の募集があった。混沌の勢力の動きについて見逃せない状況にある、そうだ。
行かなかった。
マドッグだけではない。
サイレスの街からは、ほとんど傭兵は出なかった。
理由は、名を上げた者がどうなるか、マドッグたちが身をもって広めたからだ。
「ダーソンは落ちました」
「そうかい」
マドッグにはそれしかない。もはや彼には決闘しかないからだ。
「そうですか」ヘイミルはリュートの弦をひと撫でし、規則正しい音を鳴らす。
「で、それが?」
マドッグの問いに、ヘイミルは首を振る。
「いいえ、それだけです。勇士決闘での戦い、期待しております」
謎の笑みを残して、ヘイミルは背中を向ける。
一瞬、その胡乱な背に襲いかかろうか、との欲求を覚えたマドッグだが、やめる。
もう彼にはこの国など、どうでもよかった。