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前奏曲三

「ギャワァァァ」


 マドッグの剣が、ゴブリンの頭を二つに割り周囲に血と脳漿を飛び散らせた。


「ちょっと! 少しは周りを見てよ! 気持ち悪い」


 隣にいたレイチェルはゴブリンの残骸がかかった腰を手で払い、唇を尖らせる。


「悪い悪い」


 彼女はマドッグの謝罪に構わず、その場にしゃがみゴブリンの屍に手を伸ばした。


「どうだ? レイチェル」


 ルベリエが口ひげを撫でながら問うと、彼女は肩を落とす。


「だめね、ろくな装備じゃない……鎖帷子は錆びだらけだし、剣もがたがた……ったく」


 ぶつぶつ文句を垂れながらも、彼女は手早く死んだゴブリンから装備をはぎ取った。


「もう少し進んでみるか?」


 マドッグはきっちりと散髪屋でひげを整えているルベリエとは対照的に、荒くナイフで削っただけの、無精ひげが浮く顎を掻く。


「まだいるかね? ここらに」


 ルベリエは櫛で後ろに流した長髪を整えながら周囲を見回す。


 森の中の繁みは暗く不吉で、普通の人ならば一刻も早く立ち去るか、そもそも足を踏み入れないだろう。


 だが彼等冒険者は違う。


 冒険者は金のためなら危険など顧みない。


 マータイル平原の戦いから一週間、マドッグ達は敗れ逃げ散った混沌軍を、まだ追跡していた。


 残党狩り、と聞こえはいいが、たんなるかっぱぎだ。


 冒険者は実入りが少ない。一攫千金を憧れてこの道に入る馬鹿はそうはいない。


 大抵は農奴としてもやっていく土地がない農家の次男三男で、徒弟生活も絶えられない職人崩れも多い。


 つまりは駄目人間の掃きだめだ。実際に犯罪を犯したからまともな職に就けないごろつきも冒険者になる。

 

 そんな冒険者の主な仕事はかっぱぎである。


 地下迷宮に宝物ざくざく……そんなうまい話が体よく転がっている程現実は甘くない。故に大抵の冒険者は倒した敵の装備をかっぱいで売り、金を手にする。


 冒険者とは夢のない地味な仕事だ。  


 マドッグ、レイチェル、ルベリエのパーティもご多分に漏れずかっぱぎの最中だった。


 敗走した怪物を隠れている繁みから探し出し、殺して持ち物を奪う。


 マドッグにとって楽しくて涙が出る仕事だ。


「繁み漁ってみようか?」


 レイチェルは敵装備を紐で纏めながら、上目遣いで辺りを観察する。


 勿論、傭兵としての給金は出たが命を張るには安すぎる、と誰もが思っている。


「しょうがないな」


 伊達者のルベリエは、自分の装備が汚れることを想像したのか浮かない顔で同意する。


「じゃあやるぜ」


 マドッグは長い木の棒を手近な繁みに突っ込む。隠れている者を引き出すのだ。


「あーあ」レイチェルが喚く。


「こんな事なら逞しい騎士に体を売ればよかった」


 レイチェルは黒い巻き毛を男のように短くしているが、それでも魅力的な女だ。


 長年一緒にいるマドッグも、時折彼女の仕草にはっとすることがあるほどである。


 それ故にか、彼女は多情だ。一日でも男と寝ないと機嫌が悪くなる。


 繁みを漁る棒の動きが乱暴なのも、彼女がかなり苛ついている証しだ。 


「……ねえマドッグ、前みたく今日シない?」


 密かに恐れていた質問だった。


 こんなレイチェルと組んでいるマドッグだ、彼女と関係がないはずがない。マドッグは無表情で首を振る。


「俺にはソフィーがいるからな」


「ふん」とレイチェルはマドッグの言葉を鼻先で弾く。


「結婚してから随分とつき合いが悪くなったわね」


 ……そりゃあ悪くなるだろ。


 が、その言葉は口には出せなかった。


 繁みから突然大柄なオークが飛び出してきたのだ。


「ヴモー!!!」


 オークはうなり声を上げると、マドッグやレイチェルから逃げるためか、二人のいない場所に向かう。


 そこにはルベリエがいた。


「ルベリエ! 剣を抜け!」


 マドッグは叫んだ。ルベリエがまごついている。


 オークは血の染みが残る槍を構え、目を見開くルベリエへと突進した。


「うおっ!」


 オークの一撃をかわそうとしたルベリエが、その場に尻餅をつく。


 勢いを得たオークがルベリエに槍を向ける。


「ブモウッ、グワァァァー」


 オークは絶叫した。槍を振り下ろす前に一瞬で戦闘状態を整えたレイチェルのレイピアと、マドッグのロングソードが背中を捉えたのだ。


 背から血を噴きながらオークの残党兵はその場に崩れた。


 結局、ルベリエは自分のブロードソードの柄を掴むことも出来なかった。


「革鎧で助かったなルベリエ」


 激しい息づかいのルベリエにマドッグは手を伸ばす。もしオークの鎧が鉄製の鎖帷子だったらルベリエはただでは済まなかっただろう。


「あんたも老いたわね」


 呆れた声を出したレイチェルが、オークの装備に触れ始める。


「おいおい、老人をもっと労れよ」


 軽い口調で応じるルベリエだが、瞳に暗い影が走るのをマドッグは見逃さなかった。


 仕方ない。ルベリエはもう四〇代なのだ。他の職業の引退の時期を越えていて、常に体を死地に晒す冒険者家業は辛くなってきたはずだ。


 マドッグとルベリエが組んだのはもう数十年前、マドッグがかけだしの頃だ。


 その頃ルベリエはまさに全盛期であり、先輩冒険者としてマドッグとレイチェルに色々と指導した……勿論、レイチェルには夜の指導もしたようだが。


 とにかくマドッグは最近ルベリエの老いと疲れを意識するようになった。


 例えば今のように咄嗟な判断が必要な時、例えば一日中洞窟を探索する時、ルベリエは大きなミスこそ起こさないが、僅かな見落としや些細なしくじりが増えた。


 懸念に眉根を寄せる。


 今まではそれで済んだ。しかしいつかルベリエは致命的な判断違いをしてしまうのでは……マドッグは口を引き結び、髪を櫛で整え直している彼を盗み見た。


「もーここまでにしましょ。これ以上はムダっ」


 ルベリエの状態などに構わないレイチェルがついに宣言した。


 得物は数匹のゴブリンの鎖帷子と武器、二匹のオークの槍くらいだが鍛冶屋に持って行けば飲み代くらいにはなる。


「そうだな、これ以上追っても疲労と釣り合う出物はなさそうだな」 


 マドッグは大きな息を吐いた。

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