マドッグとブローデル
太陽は中天にさしかかっていた。
マドッグは市壁の外、南の街道から少し外れた場所で、男と向かい合っていた。
ブローデルだ。
彼は妻のソフィーの命の恩人だ。常のマドッグなら助ける事はあれ、戦いはしなかっただろう。
だか仕方がない、
ブローデルも勇士決闘の当事者の一人だ。
マドッグは敵を詳しく値踏みした。
武器は棘がついた鉄球を木の柄に着けたモーニング・スター。これは聖職者が刃を敬遠するからだろう。
鎧は高価そうな鎖帷子と、ルベリエが使っていたようなラメラーアーマー。
──これは結構きついかもな。
マドッグは内心そう考えた。
彼の装備はただのロングソードとハルパー、鎧は革製だ。
異世界人の魔法の剣ならいざ知らず、鉄の板を何枚も重ねたラメラーアーマーをロングソードで突破するのは、難しそうだった。
──だが!
マドッグの脳裏にいるのはソフィーだ。
流産してすっかり生気がなくなった最愛の妻。
──待ってろソフィー。
マドッグはロングーソードを鞘から抜いた。とにかく勝たねばならない。
「うむ、よろしいかな」
ブローデルもベルトにぶら下げたモーニング・スターを手に取った。
「地母神の名にかけて」
決闘の準備が整う。見届け人は、ブローデルが連れてきた弟子の一人だ。
地母神の聖職者ブローデルVSローグ・マドッグ。
「うん?」
ここでマドッグの嗅覚、危険を察知する経験からのそれが、きな臭さを感じた。
どうしてか見届け人がそわそわとマドッグに視線を走らせている。
──何だ?
マドッグはブローデルと言う強敵の前なのに、妙に見届け人が気になった。
「では!」
だがいつまでも見届け人を思ってはいられない。ブローデルが突進したのだ。
「ちっ」と舌打つと、応戦するためにロングソードを上げた。
「ちょっとー待ったー」
不意に声がかけられたのは、まさに両者の武器が火花を散らす直前だった。
「な、なんだ!」マドッグは素早くブローデルから離れると、声の方向に頭を巡らせた。
何もいない。
「ここだよー」
再び甲高い声が上がり、その方向に視線を向けると一羽のフクロウがいた。
「お前は?」
目を丸くして固まっているブローデルの代わりにマドッグが問うと、フクロウは頭を半回転させる。
「私はーミュルダールのー使い魔だよー」
「使い魔?」聞いたことはある。異端の魔法で従えた動物だ。
「おお、何たることだ異端とは!」
ブローデルは嘆くが、マドッグは苛立つ。これから生死をかけた決闘があるのだ。
「何のようだ? ミュルダール。俺達は決闘の最中だぞ!」
「それだよーそれー」
フクロウは金色の目に、二人の決闘者を写す。
「この決闘ってー、無意味じゃないー?」
何を今更。マドッグは思ったが、口には出さない。こればかりはミュルダールが正しいからだ。
「だからさー、それについてー話し合おうとー思うんだー」
「残念ですがそれは出来ません。私は地母神エルジェナの神託を受けています」
ブローデルがようやく反論できる状況になる。
「決闘のー是非についてだよー。このまま意味なくー殺し合いは嫌だねー。地母神様もーそれはー望んでいないんじゃないー?」
「その必要はない」
マドッグは斬り捨てた。彼には必要なのだ。決闘で得られる賞金が。
「ふーん」フクロウは一度ばさりと翼を広げた。
「ならー私はー他国にー逃げちゃおー。決闘はーそれでー永遠に不成立ー」
「ちょっと待て」さすがにマドッグは焦った。そうなれば賞金どころではない。
「だからさー一度みんなでー腹を割って話そうよー。いい方法がーあるやもー」
マドッグは懐疑的だ。だがミュルダールに去られるのは、避けたい。
「判った」彼は剣を下げる。ブローデルはまだ迷っているようで、髭を掻いている。
「判りました。では地母神にお伺いを立ててみましょう」
ブローデルは目をつぶり、ぶつぶつ呟く。
かっと突然目を見開いた。
「判りました! 地母神様もそうしろとの仰せです。従いましょう」
「で、どこで話し合う?」マドッグは構わず話を進める。
「王様のー手前、あまりー目立ちたくないからー、近くのーベルーガ要塞跡はー?」
「いいだろう、時間は?」
「今日の夜ー」
マドッグはブローデルに視線を走らせる。彼は地母神の意見に忠実なようで、もうモーニング・スターを腰に戻していた。
「わかりましたぞ。ミュルダール殿。貴殿がそうしたいというのであれば、とくと話し合いましょう」
「ああ、そうだな」マドッグはため息を吐いた。
「よかったー、うれしー」
ぱたぱたとフクロウが羽根を動かす。
「じゃあーおまけでー教えちゃうー」
使い魔はどうやら魔法使いの性格を受け継ぐらしい。フクロウはミュルダールの様子にそっくりだ。
「マドッグー、気をつけてー」
「何」マドッグが眉を潜めると、フクロウは空に飛び立つ。
「騎士達がーあんたをー探し回っているよー」
その言葉を残し、ミュルダールの使い魔は去った。
「との事らしいので、ここはこれまでです。また会いましょう」
ブローデルは見届け人を連れてさっさと街へ帰っていった。
一人残ったマドッグは思案する。
ついに来た。騎士達の目的はルベリエが彼を騙って殺したベルリオーズの復讐だろう。ベルリオーズの親族がこの街まで訪れたようだ。
「全く」マドッグは肩を落とした。この事態を恐れてルベリエは謀ったのだ。
「お前の後始末は大変だぜ、ルベリエ」
マドッグは一人ごちると、ブローデルの後を追うわけではないが、サイレスの街へ足を向けた。
地母神の聖職者ブローデルVSローグ・マドッグ。勝敗無し(水入り)