ミュルダール3
呆けていたミュルダールが、不意に、魔法を唱えたのだ。
白矢は咄嗟に盾でギザギサの光を受けた。盾が粉々になり後方に吹っ飛ぶ。
「うまいうまいー」きゃっきゃっとミュルダールが拍手する。
「く」白矢は奥歯を噛みしめた。
馬鹿にされている。相手は本気になっていないと悟る。
だが盾は破壊され、残るは魔力を帯びたバスターソードだけになった。
このバスタードソードは彼がまだ級友達と共にいた時、加藤勝と岡部伸次郎を犠牲に、鎖の悪魔からぶんどった物だ。
かなりの魔力がかけられた剣らしく、鑑定に出した折、街で評判になり金貨の袋が沢山積まれた。
売らなかった。
それどころではなかった。彼等は友達を二人も死なせてしまった。
だから剣を有効活用しなければならなかった。
白矢がそれを与えられたのは、重要な任務を一人引き受けたからだ。反対に述べると、仲間達の餞別は、それだけだった。
とにかく白矢はそのバスタードソードを切り札として、今まで生き抜いてきた。
魔法の剣……それは凄まじい物だった。
普通ならどうやっても切れないような鋼鉄さえ、紙のように切断する。鉄の装備が多いこの世界に置いて、一方的なアドバンテージを得ていた。
相手が戦士なら、だ。
白矢はバスタードソードを両手で持った。ロングソードとバスタードソードの違いは、片手で持つか両手で持てるかだ。
バスタードソードは柄も長く、両手で安定して構えられる。
丁度、白矢の故郷の日本刀みたいだ。
ぼー、とミュルダールは空を見ている。
もう騙されない。彼女のその態度はフェイクだ。ああして明後日の方向を眺めながら次の戦術、次の魔法を唱えている。二人ともそうだ。
「え!」白矢は異常に目を見開いた。
ミュルダールが二人いる。
同じ背格好で同じ顔で、同じ体勢。
「くそっ」当然魔法だ。再び彼はミュルダールの術中に陥ったのだ。
もう我慢できなかった。
「やりますよ! ミュルダールさん」
白矢は怒鳴ると手近な彼女に斬りかかった。だがなるべく大怪我しないように一歩引いて。
「はずれー」
どこからかミュルダールの声が聞こえ、白矢が攻撃した方は消えた。
「ならば!」
間髪入れず、もう一人に剣を振るう。
「そっちもーはずれー」
ミュルダールののほほんとした宣告が響き、二人のミュルダールはいなくなった。
「は?」白矢は立ちつくす。何が何だか判らない。
「本物はーこっちでしたー。いりゅーじょんの魔法ー」
ミュルダールは楽しげに廃墟の一つから、にゅっと顔を出した。
白矢は苛立つ。
「何してんですか? さっきから! 俺を馬鹿にしているんですか?」
白矢の怒声に、ミュルダールは思案顔になる。
「だってー君だってー、私がーあまりー傷つかないようにーしているじゃないー」
彼女は見抜いていた。白矢が手心を加えていたと。
「それはだって、俺は女の人は……」
「うんうん」ミュルダールは機嫌よさそうに何度か頷く。
「君はーいい子だなー。どうしよっかなー」
ミュルダールは唇に人差し指を当てる。
「もしかしたらー殺さなければならないかもー、と思ってたけどー」
「……なら、やめましょう」
白矢は脱力して提案した。これ以上はアホらしい。
「うーん、そう言うワケにもー、いかないんだー」
ミュルダールは思案顔で答えると、つと白矢の目を見る。
「ねえー、オリエちゃんとどこまで行ったー」
突然の質問。白矢は泡を食う。
「ど、どうしてそんなこと!」
「いいからー、大事な話ー」
白矢は俯く。どこまでと訊ねられても、彼女はただの幼馴染みで、信頼できる仲間だ。
「ふーん」ミュルダールは白矢の内心を読んだのか、大きく頷いた。
「ならいっか」
と彼女は両手を天に向けた。
「あいす・すとりーむー」
「しまった!」
白矢は、敵の前で棒立になっていた己の迂闊さに泣きそうになるが、もう遅かった。
ミュルダールの立っている場所から白矢のいる所まで白い氷が出現し、彼は頭を残してそれに飲まれた。
冷たい氷の中、白矢は身動き取れない。
「私のー勝ちー」
ミュルダールは大して感激してないようだ。ただとことこと、指一本動かない白矢に近づく。
「ほらー、魔法使い相手にー油断したらダメだぞー」
白矢は怒りの目で彼女を睨む。
「こわいなー、しょうがないじゃないー」
「俺をどうするつもりですか?」
「決闘はー、私の勝ちねー」