ミュルダール1
彼女が思っていたよりもエルフに対する人間の心証は悪く、彼女は散々差別され、陰に日向に悪く言われた。
流石のミュルダールも、心が折れそうだった。
そんな時に『彼』に合った。
ミュルダールが旅立ってから 二百年経過し、彼女も少し荒んでいた時期だ。
レイキ……その黒髪と黒い瞳の少年は、そう名乗った。オークに襲われた村の、ただ一人の生き残りだった。
そう少年だ。彼女が出会った時、まだ彼は八歳くらいだった。
レイキはオーク達に復仇を誓い、その年で冒険者になろうとしていた。
ミュルダールは慌てた。どんなに彼に自信と信念があろうとも、それは無理だ。
だから彼女は少年の後見人になった。
レイキはかつての父と同じく、エルフに偏見を持たない少年だったので、二人は意外といいパートナーになった。
最も、しばらくミュルダールは母親役、次には姉役を演じなければならなかったが。
レイキはすくすくと成長した。細い腕には筋肉がつき。背は植物のようににょきにょき伸び、顔つきもすっかり大人になった。
「結婚して欲しい」とレイキに告白されたとき、ミュルダールの目は本当に飛び出しそうになった。
今まで子供、もしくは弟として接してきた少年……青年に、いきなりプロポーズされたのだ。
驚愕の後、ミュルダールはしばし考え受け入れた。
考えたら、彼女もいつの間にか彼を愛していた。
二人の生活が始まった。
楽しかった。毎日がびっくり箱みたいで、常に温もりに包まれていて。
まるで父が生きていた頃のようだった。
だがレイキはやはり、人間だった。
ミュルダールの前で、彼は時間を少しずつ失い、色褪せていった。
ミュルダールは彼の子供が欲しかった。彼の何かを残したかった。
それは適わず、レイキはある日病にかかり、そのまま彼女の元から消えた。
ミュルダールは嘆き悲しんだ。世界の終わりをはっきりと感じた。彼女の前にそそり立ったのはあまりにも大きな恐怖だ。
この先何百年も、彼のいない世界を生きていかねばならない。
ずっとずっと、もうレイキに会えないのだ。その温もりに触れられないのだ。どんなに待っても、どんな努力をしても。
地獄だった。
だから決めた。
ミュルダールはアホになろうと。アホになれば何も考えなくて済む。アホになって享楽的に生きるのだ。
今の、ぼんやりして何を考えているか判らない彼女になったのは、悲しみを誤魔化すためだ。
どういう訳だか、それによって魔法での戦いが有利になったが、そんなのはどうでもいい。
彼女はアホだ。愛する者を考えまいとする、自らの孤独を忘れようとするアホなのだ。 そんなアホの前に現れたのが、皆部白矢だ。
彼自身は知らないだろうが、白矢はレイキにそっくりだった。
顔かたちではない。どこか自信のなさそうな目や、優柔不断そうな言動が、レイキの生き写しだった。
アホはすぐ飛びついた。
夫レイキを失って百年。久しぶりに心が浮き立つのを感じる。
「はああー」とミュルダールは熱い吐息を吐く。
「あの子をー可愛がりたいなあー」
それが決闘の理由だ。ミュルダールには経験に裏打ちされた作戦がある。
「うふふふふー」と不意に笑い出し、彼女の周囲の人々を氷りつかせた。