表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/89

死の冬1

「いい白矢? ここにいてね、それから絶対にしている間扉を開けないで。もし開けたら私舌を噛んで死ぬから」


 共同トイレの木で出来た粗末な扉の前で、細木織恵が何度も念を押す。


「ああ、判ったよ織恵」


 皆部白矢はうんざりした顔を隠して頷く。


「それから、臭いも嗅いじゃダメだからね……いい?」


「はい、判りました」


 織恵は扉を閉め、白矢はため息を吐いた。


 あれから……トイレを探しに出た織恵が襲われかけてから、彼女は変わった。まず「皆部君」だったのが昔の「白矢」に戻った……はどうでもいい。


 彼女は一人でトイレに行けなくなっていた。だが部屋のおまるは絶対使用せず、こうしていちいちトイレに白矢を伴うようになった。


 まあ、かなり恥ずかしいのだろう顔を真っ赤にしてだが、白矢は困ってた。


 どういう顔で待っていいか判らないし、毎回完全武装を要求するので、酷く疲れた。


 ──仕方ないか。


 白矢は頷く。何せあのボガートとか言った大柄の男に襲われたのだ。


 間一髪ハーフエルフののソーサラーに助けられたそうだが、もしミュルダールがいなかったら、と考えると汗が噴き出す。


 織恵がえらく弱気になったのも、年頃の乙女の心の傷だ。せっかく街にある浴場にも行けないくらい。


 で、さらにミュルダールも、悩みの種だった。


「あ! いたー♪」



 噂をすれば影、聞き覚えのある声が背後で上がった。


「おーい、ビャクヤー。何してんのー?」


 ミュルダールだ。


 彼女は嬉しそうに白矢に駆け寄ると、美しい顔を寄せてくる。


「トイレー? ねーねーねー」


 何故かあの事件以降、ミュルダールはよくこうして白矢に親しく話しかけてくる。一日に何度もだ。


 恐らく探し歩いているのだろうが、何を考えているかさっぱり判らない。


 さらに……



「ねえねえー、決闘しよ♪」



 とデートしよ、の感じで決闘を要求する。


 勇士決闘など全く興味のない白矢だから、


「遠慮します」で逃げるが、するとミュルダールは拗ねる。


「……誰だっけなー? 大事なー恋人をー助けてーあげたのはー」


 と当てこする。


 白矢は頭が痛い。


「しょうがないんだよー、王様のー命令だからー」


 ミュルダールは悪魔のように囁く。


 白矢は変わらず茫漠とした表情のミュルダールに、向き直る。


「ミュルダールさん、俺は決闘なんて馬鹿らしいと思っています」 


「私もー」


「ならどうして誘うんですか?」


「君とならー楽しそー」


 こいつさては言葉が通じないな。白矢が疑いの目を向けると、ミュルダールは脇腹を押さえる。


「い、いたー、ボガートとのー戦いでー受けた傷がー。いたいんだよー……あーあ、誰のーためだっけー?」


 ──もー。


 白矢はわざとらしいミュルダールに苛ついた。


「ねーねー、決闘しよーよぅ、痛くーしないから、先っちょだけー」


「嘘でしょそれ……」と突っ込みながら、こめかみを押さえる。


「……判りました……でも命の遣り取りはなしですよ」


「わーい♪」ミュルダールは子供のように飛び跳ねる。


「じゃー、今日のー夕方町外れねー。後、恋人さんにはーナイショー」


 ミュルダールは見とれてしまうようなウインクを残すと、そそくさと歩み去る。


 ふー。と白矢は肩を落とす。


 ──どうしてこんな事になったのやら。


 と、共同トイレの扉が開き、織恵が羞恥に頬を赤くして出てきた。


「何もなかった?」


 勘のいい彼女が訊ねるが、「別に」と答えるしかない。


「それよりもたくさん出た?」


 白矢の顔面に、織恵のグーパンチが炸裂した。


「るんるん♪」


 ミュルダールは足取りも軽く、街を歩いていた。何せ楽しい予感に満ちているのだ。


 サイレスの街は汚く、正直ミュルダールは歩くのも嫌だったが、今は違う。


「おい、あいつハーフエルフだぞ?」


「薄汚い冒涜の子め!」


「あの格好、異端じゃないのか?」


「異端審問官は何をしてやがるんだ」


 ミュルダールが歩くと、こそこそと悪意の花が咲く。だが慣れた物の彼女は、それらを履いているブーツで一蹴すると何事もなく「るんるん♪」と歩を進めた。


 人間とエルフ、ドワーフ、ハーフリングはこれでも昔は、仲がよかった。


 それこそ、その間の子も珍しくないほどに。


 昔と言っても三千年前だが。


 そう、三千年前。人間は大きな過ちを起こした。



 古代魔法帝国。



 この世界の誰もが知っている歴史で、トラウマだ。


 かつてアースノアは、人間とエルフにより統一されていた。強大な魔力でだ。


 古代魔法帝国の魔道士達は、幾多の今は失われた強力な魔道を操り、世界を手中に入れていた。


 神に近い存在であるドラゴンやハイエルフさえ、支配していたほどだ。


 だがそう言った文明にありがちだが、巨大な力を持った人々は驕り高ぶり、この世の何でも自分の思うとおりになると、信じ始めた。



 神になったつもりだったのだ。



 結果、三千年前の大破壊。



 これには異説がある。古代魔法帝国の皇帝が本当に神になろうと、高位の魔道士達と儀式を行った結果とか、一人の野心を持った魔道士の暴走とか、とにかく古代魔法帝国の首都があった大陸は、一夜にして海中に没し、神の怒りにより二つあった太陽の一つは消えた。


 それにより起こるようになったのが『死の冬』だ。


 元々冬は何も出来ない。


 鎧が冷たくなるので戦も出来ず、漆喰が乾かないので建物も建てられず、当然農業も休みだ。


 だが死の冬はそんな生やさしい物ではない。


 凍る。大陸の三分一までが固く凍りつく。それにより毎年凍死者が出て、人間もエルフやドワーフも、何も出来ず家に引きこもる。


 アースノアは季節の半分が停止の時期になり、文明は停滞した。



 神が世界を見捨てたからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ