前奏曲二
「何を言っておる?」
「ギガテス伯にも比肩する英雄をお捜しではないでしょうか? 誰もが羨望する英雄を」
コンモドゥスは眉を潜めた。エルフの言っている意味が分からない。しかしギガテスの名前を出された彼はつい訊いてしまう。
「そんな者がおるはずがない」
「いいえ」ここでエルフの青年は顔を上げた。整った口辺に輝くような笑みを浮かべている。
「いなければ作ればよいのです」
「作る?」
「ギガテス伯は生来の英雄ではありません。否、騎士王ライデルとて英雄として認められたのは、成人してからしばらく後のことです」
コンモドゥスはただエルフの白い歯を見つめた。何故か異論を挟んではならない気がした。
「今、このローデンハイムには英雄……とは行きませぬが、その候補となる者達がおります。彼等の中の一人を英雄にするのです……王の手で」
「わしの手」
コンモドゥスの目の前には中年の、芋虫のような太い指がある。
「そうです」エルフは続けた。
「その英雄候補達を選別し、力を試し、英雄となるべき人物となれば騎士として召し抱えるのです」
「馬鹿な!」
思わずコンモドゥスは声を荒らげる。
騎士とはただの戦士ではない。領地を持つ戦う貴族なのだ。
それでなくとも自らの領地の大きさがリキニウスより劣っていると悩んでいるのに、さらに切り分け与えるなど話にもならなかった。
「いいえ陛下」
エルフは優雅に首を振った。
「それは形だけでいいのです、。例えば今回の戦場となったマータイル平原、あそこならそれほどの損失にはならないでしょう」
「うーむ」コンモドゥスは考える。
確かにマータイルは彼の領土ではあるが、いささか手に余っていた。
その南は混沌の勢力が強い地域が広がっていて、幾度かマータイルを開墾しようと試したが、すぐに戦場になり派遣した農奴は逃げ散った。ただの緩衝地帯であるならば惜しむ必要はない。
「だが……英雄、そう英雄がそんなに簡単に手に入る物か……聞くところによるとあのギガテスめは一人で巨人と渡り合えるという……」
エルフは笑いを深くする。
「だから力を計るのです。簡単です、彼等を戦わせればいい、そして残った最後の一人を最強の英雄として国中に広めるのです。勿論、それには私どもも力を貸します……さすれば、英雄の存在が人々を鼓舞させ、リキニウス公も簡単には手を出してこられません」
コンモドゥスはどきりとした。目の前のエルフにそこまで見透かされていた。
「なるほど……」と彼は妙案を出したエルフをしげしげと見つめた。
英雄を作る……案外いい思いつきだと感じられた。
兎も角今は、何を考えているか判らないリキニウスの動向を探るために時間が欲しい。
上手くいって英雄が生まれたのなら、彼自身の玉座は安泰となる。だが、それにしても一つ疑問があった。
「何故その英雄の資質がある者達を皆取り立てぬのだ? 一人でなくてもよかろう」
今まで三日月のようだったエルフの口辺が、引き締まる。
「数が多ければよいとは限りません。数が多ければそれだけ報酬が必要になります……何よりも人はいつ裏切るか判りません。こちらが取り立てた英雄がリキニウス公に走る可能性もあります。故に英雄は常に目が届き、いつでも操作できる一人がいいのです」
「……判った、一考しよう……時にそちの名前は?」
エルフは再び深々と一礼する。
「これは申し訳ありません。わたくしの名前はヘイミルです。吟遊詩人ヘイミル」
「うむ」コンモドゥスは深々と頷き、問う。
「で、ヘイミルとやら、そちの言う英雄候補は何者だ?」
「お待ち下さい、陛下!」
コンモドゥスの提案を聞いた、彼の妻の父にてマギース伯ミドラスは予想通り反対した。
「勇士達を戦わせるなんて冒険者ギルドが黙っておりませぬ。しかも命の遣り取りをさせるのは無意味です! トーナメントでいいではありませんか」
トーナメントとは騎士が行う模擬戦である。
剣は刃引き槍の穂先を変え、なるべく死者を出さないように工夫はされているが、勇猛な騎士同士の事だ、時には死傷者が出るのも平常である。
「トーナメントでは駄目だ。それでは騎士が有利ではないか。それに騎士以外の勇士達は参加も出来ぬ」
コンモドゥスはミドラスの禿頭を見下ろしながら、ヘイミルに言い含められた台詞を吐いた。
「しかし、勇士達に殺し合いをさせるのはあんまりにも……」
「黙れっ!」コンモドゥスはミドラスの進言を断ち切る。
「この国の王はわしじゃ。わしが決めることが全てである! 勇士決闘は既に決まったこと、誰にも邪魔はさせぬ」
コンモドゥスは玉座から立ち上がり、不安そうに居並ぶ騎士達に朗々と告げた。
「これより勇士決闘の布告を出す。勇士と定められた者は、決闘の規則を守り他の勇士と戦うこと。規則とは……決闘は一対一で行うこと。不意打ちは決闘と見なさない。公正な見届け人を一人以上つけること。勝敗は冒険者ギルドに届け出ること。飛び道具を使ってはならないが、それ以外はいかなる武器も防具も使ってよい。一度勇士と決闘をした者ともう一度決闘をするときは一日あけること。勝者には常に褒美として金貨一〇〇枚与え、最後の勝者、最強の勇者には大金貨十万枚と領地を与える」
ざわめき出す騎士達に構わず勇士達の名を挙げる。
「勇士とは、ローデンハイム一の騎士・ベルリオーズ。狂犬のあだ名を持つ戦士・マドッグ。レイピアの達人の女戦士・レイチェル。異端の魔道士・ハーフエルフのミュルダール。地母神の僧侶・ブローデル。異形の闘士・ボガート。異世界から来た戦士・ビャクヤの七人である」
一息入れた後、コンモドゥスは宣言した。
「これより勇士決闘の始まりである!」