地母神の司祭1
蝋燭の光に照らされた顔は白よりも青く、目の下は黒いクマで翳り、マドッグは先程見たレイチェルとルベリエの死体を、思い出し身震いした。
「ソフィー! おい」
「ううう……」
浅い呼吸の中から、か細いうめき声が聞こえた。
「ソ、ソフィー」マドッグは微かに安堵した。彼女は生きている。
だがその生命の灯火は、もう消えかかっているように見えた。
「待ってろ!」
マドッグはソフィーを優しくベッドに運ぶと、家を飛び出した。
行き先は街の中心にある大聖堂だ。
そこには地母神エルジェナを信仰する聖職者達がいる。どんな病気もたちどころに治る
「奇跡」を授かった、大司教ドミニクスもいる。
マドッグは闇のサイレスの街を駆けた。駆けた。駆けた。石畳を蹴り、逃げ遅れた太ったネズミを踏みつけ、とにかく大聖堂へと向かった。
大聖堂は夜なのにぼうっと明るい。周囲にかがり火が灯され、決して消されることはないからだ。
マドッグは街一番の建物である、尖った屋根の大聖堂へと突進した。
「何者だ!」と扉の前で槍が交差し、彼は止められる。
大聖堂を守る神殿騎士だ。
「頼みます!」マドッグは叫んでいた。
「ソフィーを……妻を助けて下さい! 様子がおかしいんです」
だが跪くマドッグに、神殿騎士達は残酷だった。
「もう時間が遅い、明日にしろ」
マドッグは激して、神殿騎士の一人の胸ぐらを掴んだ。
「それでは遅いんだ! ソフィーが死んじまう!」
「貴様! 無礼なことを」
もう片方の神殿騎士は一瞬たじろいだが、すぐに槍を構える。
「お待ちなさい」その声がなかったら、マドッグは槍で刺されていただろう。
野太い声が、彼を救った。
「彼は家族を救おうと必死なのですよ」
「ブローデル様」
神殿騎士達が槍を上げて直立する。
マドッグが振り向くと、見た顔があった。この間の戦にも出てきた癒やし手だ。
恰幅のいい体型に大きな穏和な顔。それをさらに印象づけるもじゃもじゃの髭面。彼こそ勇士決闘にも名が上がった、聖職者ブローデルだ。
「頼みます! 助けて下さい」
マドッグはブローデルの司祭服に、すがりついた。
「喜捨は出来るのですか?」
地母神エルジェナの奇跡を頼るにはそれなりの喜捨が必要だった。大司教ドミニクスには、それこそ大金貨数万枚が必要だ。
しかし一介の司祭であるブローデルの癒しには、そこまでかかるまい。
マドッグは脳裏にレイチェルを倒した金貨を思い描く。ルベリエは少し使ったようだが、まだ殆ど手を着けていないはずだ。
「あります……少なくとも普通金貨一五〇枚以上」
「少し待って下さい」ブローデルは空を仰ぐ。
「地母神様に是非を伺ってみます」
目をつむり、ぶつぶつと何か呟く。すぐに目をかっと見開いた。
「判りました! 地母神様は助けろとの仰せです」
マドッグは涙を流し感謝し、ブローデルを家へと案内した。