ハーフエルフと異世界人1
「魔法使いとー一対一でー戦っちゃー、ダメだってー」
ミュルダールの呟きで、織恵は我に返った。
ボガートとミュルダールの戦いの一連は、勿論見ていた。しかしどこか別世界の出来事のような感覚だった。
ボガートに襲われかけた心理的なショックと、そんな野蛮で強い男をあっさりと倒してしまった、美しい少女はどこか幻想じみていた。
だが彼女の小刻みに震える肩に置かれた手は、温かかった。
「大丈夫ー? 私はーミュルダール。ソーサラーをやっているわー。酷いカッコだねー」
は、と織恵は我に返る。ボガートに剥かれ、上半身は胸に巻いた布だけになっていた。
「その布、なぁにー?」
ミュルダールは織恵の胸を目にし、無邪気に訊ねる。
「ええと……」織恵は顔を真っ赤にして答えた。
「この世界のブラが高いので、その代わりに、あの」ここでようやく自分が助けられたと、思い至る。
「あ、ありがとうございました!」
「いいのよーいいのよー、でもーその布なんかおしゃれー。私もやってみよー」
ミュルダールはブラジャーの代役にした布に、何だか感心している。
「それとねー」
彼女の惚けた表情が真剣になる。
「魔法使えるならー、相手にーびびったらダメだよー。落ち着いていけばーあの程度すぐー眠らせてー終わりだからー」
「……はい」
織恵は羞恥に頬を熱くし俯く。確かにボガートへの恐怖で何もできなかった。自衛の魔法は覚えていたのに、助けを呼ぶのが精々だ。
しかし、いつからミュルダールは、この場面を見ていたのだろう。
疑問がわいたが問えなかった。
「織恵ー! どこにいるー!」と白矢の声が近づいてきたのだ。
「ここよ」
あまり大きな返事ではなかったが、届いたようだ。しばらくして、剣を抜いた白矢が駆けつける。
「あ……」と彼はしばらく凍りつく。
「あ!」と織恵も凍りつく。
まだほぼ半裸だった。ボガートに無理矢理外された革鎧を、装着していない。
悲鳴が喉までせり上がったが、白矢が怒りに顔を赤くしたのでそれどころではない。
「何をした! 貴様、織恵に何をした?」
彼の視線の先にいるのは、ぼんやりとしたミュルダールだ。
「答えろ!」
「違うわ! 白矢!」彼が斬りかかるから、その前に織恵は飛び出す。
「この人……ミュルダールさんは私を助けてくれたの!」
織恵は真っ黒の炭の塊になったボガートを指す。
「え」と白矢の動きが止まる。
はらり、と織恵の胸に巻いてある布が、落ちた。
「きゃぁぁぁぁ!」彼女は両手で体を抱くように隠し、しゃがみこむ。
「白矢のエッチ! 最低!」
「そうだそうだー、女の子の体をー無遠慮に見るなー」
どうしてかミュルダールが織恵に追従して、白矢を責めてくれる。
「大体遅いよ! 今頃!」
「このノロマー! この子はー私が助けちゃったもーん」
「本当に危なかったのよ!」
「私にー感謝しろー」
「……ミュルダールさん」
「なにー?」
相変わらずどこを見ているか判らない、ぼうっとしているミュルダールに、織恵は軽い頭痛を覚える。
「何だかややこしいです」
ミュルダールは背後を振り返り見回し、
「……私がー? ……ええと」と心底意外そうな顔になる。
「……私は織恵です、細木織恵。とても助かりました、あなたは恩人です。ありがとうございます、この恩は忘れません」
「ねーねー、オリエちゃん。もしかしてー話しを畳もうとしていないー? 私を追い払おうとー」
「いえ……そんな」
ミュルダールが、ぷうっと膨れる。
「酷いなー、近頃の若い子はー、ん?」
づかづかと歩いて唖然としている白矢の顔を、のぞき込む。
「レイキ! ……違う、でも、似てる、似てるなー」
織恵は不安になる。白矢を見つめるミュルダールは嫌に真剣だ。
「あなたー、お名前はー?」
「ああ、ええと、白矢です、皆部白矢」
「そー」ミュルダールは頷いて続けた。
「いいー、女の子はー一人にしたらダメよー。特にーこの世界はー、危険よー」
「は、はい」
ミュルダールは初めて笑みを浮かべた。同性である織恵がはっとするような、魅力的な微笑みだ。
「よろしいー、じゃね♪」
白いローブをはためかせて、ハーフエルフのソーサラーは去った。