ボガートとミュルダール2
ボガートはミュルダールを前にして、痺れるような緊張を味わっていた。
彼は戦士としてなら他の誰にも遅れを取るつもりはなかった。実際、常にどんな強者も、オークの腕力の前に叩き伏せてきた。
だが相手は魔法使い(マジック・ユーザー)だ。
古代魔法帝国の破滅的な終焉から異端とされ、忌避されてきた、魔法の使い手。
そんな敵を相手にするのは初めてだ。
ただし過度に怯えてはいない。
ボガートはまた、魔法使いの弱点も心得ていた。
……集中だ。奴らは魔法をかけるために精神を集中させなければならない……その隙に……。
手の中で主張している使い込んだ戦斧は心強い相棒だ。それに胸の前と後ろを挟み込んで着る鉄鎧と、鎖帷子も頼りになるはずだ。
ボガートは敵の一瞬の瑕疵も見逃さないように、目を細めた。
ミュルダールはどこを見ているのかぼけーとしている。
「あしっど・しゃわー!」唐突だった。
ミュルダールが掌を向けると、液体がボガートの胸鎧に跳ねる。
「な! うおおおお!」
凄まじい熱さを感じてボガートは吠えた。吠えて踏み込み、ミュルダールに斧を振り下ろした。
ひょい、とそれで出来た風にでも飛ばされたかのように、ハーフエルフは軽々と跳ぶ。
「何だと!」ボガートは己の迂闊さに歯がみした。
相手の態度はもう戦闘中の物だった。何を考えているか判らないのは、激しく考えているから。ぼけー、としているのは集中しているから。
全てミュルダールが戦いの為に、生み出した技なのだ。
「はあ」とため息みたいな息を吐き、またミュルダールがぼうっとなる。
ボガートはもう騙されない。
先程の魔法はどうやら酸を飛ばしたらしい。胸鎧は無惨に穴だらけになり、下の鎖帷子の鎖も切れている。
だが、相手は薄いローブと木の杖しか持っていない。彼の自慢の大きな鉄の戦斧さえ当たれば、それで終わりだ。
当たれば。
ボガートは戦斧を振り上げると突進し、何度もミュルダールに攻撃した。
「おらー! おらおらおら!」
余人なら数秒も持たないだろうが、ミュルダールはふわふわとジャンプして、致命の一撃をさらりさらりとかわした。
「ういっち・あろー!」
「ぐわぁ!」ミュルダールの魔法である青い電撃を受けたボガートは、全身から煙をだして片膝を突く。
「やめなーい? 今なら許すよー。女の子をー置いて逃げなさーい」
杖に寄りかかりつつミュルダールが口を開く。確かに戦いにしては一方的だ。
今までは。
──へへへへ。
内心ボガードは笑った。敵の出方が判ったからだ。
相手は身軽さを利用して戦斧の一撃を跳んで回避している。その間に精神を集中して、魔法を繰り出す。
──てめえは俺を侮った。ミュルダール!
ボガートは必死の体を作り立ち上がると、慎重に斧を上げた。
「どりゃぁぁぁ!」裂帛の気合いを込め、再度突撃する。
一気に近づき戦斧を横に薙ぐ。案の定ミュルダールは空に逃げた。
「今だ!」
ボガートは怒鳴ると、ミュルダールの着地するタイミングを見計らって斧を振った。
──勝った!
ボガートは両断されるミュルダールを見て、唇を歪めた。