ボガートとミュルダール1
第五章
「ちょっとまったー!」
と、声がかかったのは、もはや怯えて身動きも出来ない織恵の、胸部の革鎧を引っぺがした時だった。
豊かな胸の先を隠す一枚の白布が酷く扇情的で、ボガートは興奮に、熱い鼻息を吹いていた。
「なんだ!」楽しみを邪魔されたボガートが振り向くと、白いローブの奇妙な女が、立っていた。
女は美しかった。白いが血色のいい肌、高い鼻、薄い唇、金色の髪。美貌では懸想している異世界娘より上だ。
だがどこか不自然だった。若木のように性差を感じさせなく、どこかこの世の者と乖離している感覚がある。
「女の子にー酷いことをしてはダメー」
ボガートは醜い顔を歪めて舌打ちした。目の前の美女が誰だか知っている。
「失せろ! ミュルダール」
ミュルダール……異端の魔法を会得した、ハーフエルフの女だ。年齢は確か四〇〇歳だが、どう見てもまだ少女だ。
「NO~、見過ごせなーい」
馬鹿にされているように思えて、ボガートは立ち上がった。当然、戦斧は手にしている。
隙を見られて異世界の女に逃げられたら堪らない。
「見過ごせない、で大怪我したくないだろ? それともお前も俺の子が欲しいのか?」
下品な笑い。しかしミュルダールは無表情に肩をすくめる。
「あんたの気持ちもどこか分かるよー、ボガートでしょ? オークの血を引くー。私もハーフエルフだからねー、だけどそれとこれとは別なんだなー。私の長い耳は女の子の悲鳴には敏感なのよー」
ミュルダールは木の杖を持ち上げる。
「魔法で苦しみたくないならー、消えなさいなー」
「てめえ、俺とやろうってのか? 見ず知らずの女のために!」
「そだよー、それが私だー。それにー理由はあるんだよー」
ミュルダールのほわんとした表情が引き締まる。
「勇士決闘ー、あんたもー私もー名前が挙がっているのよねー」
「馬鹿な! あんな下らねえ話に乗るのか?」
「勿論ヤだー、でもーあんたがー女の子を襲うならー話はべつー」
「どうしても下がらないってんだな?」
「……………………」
「何黙ってんだ!」
「……は! ごめーん、違うことー考えていたー」
「馬鹿にしているだろ?」
「うん♪」
「そうかよ」
ボガートは決心した。この煩いハーフエルフを黙らす。
イマイチ肉感的ではないが、美女であることは変わらない。上手くいけば妻が二人になる。
「そこの子ー」
びくり、と放心状態の織恵が震える。
「あんたはー今から見届け人ー。どっちがー勝つか見ててー」
細木織恵の瞳に、光が戻った。
オークの血族ボガートVSハーフエルフのソーサラー・ミュルダール。