戦士ルベリエ5
マドッグは二人の戦いを悲しい気分で見ていた。こんな無駄な決闘があるだろうか。そう本当に無駄なのだ。
「マドッグ! お前の出番だ!」
ルベリエの苛立った声は聞こえていた。マドッグはかぶりを振る。
「それはないぜルベリエ。お前の戦いだろ? お前が始末を着けろ……お前が始めた決闘ごっこだぜ」
ルベリエの顔から色がすうっと抜ける。マドッグの胸が痛んだ。
──ルベリエ。いつからお前考え違いをしてたんだ?
マドッグは、この中年冒険者が何か企んでいると察していた。いつからか他人を操っていると勘違いしているとも。
実際、レイチェルは簡単に乗った。愚かな王の考案した、勇士決闘とやらで疑心暗鬼になったのだろう。恐らく、他の勇士達もそうなる……マドッグはもう戦うしかない。
だが、それはあくまで彼の戦いで、ルベリエの企みとは違う。
ルベリエの呼吸が不規則になり、今までの余裕が表情から消えていた。
マドッグは腕を組んだまま、微動だにしない。
異世界人の剣がルベリエの肩に食い込んだ。そのまま彼はルベリエに体当たりする。
恐らく、十年前のルベリエなら反射的に武器を手放し、ダガーで敵の脇腹を抉っていただろう。
が、今の彼には出来なかった。
あっけなくルベリエは斬られ、大地にどうっと倒れる。
血がルベリエの体を覆うように、石畳に広がっていく。
異世界人はぜえぜえと肩を震わしながら、マドッグを睨みつけている。
「いけっ、俺は今回ただの立ち会い人だ……急いでいるんだろ?」
異世界人ビャクヤは一言もなく、剣もしまわず駆け出した。いつの間にか集まっていた数名の見物人をぎょっとさせながら、夕闇に消えていく。
マドッグは彼の背中が見えなくなると、まだ息があるルベリエに近づき、両手で優しく彼の体を仰向けにした。
「……よう、マドッグ……」
ルベリエは咳き込んで口から血を吐く。
「見てみろよ、馬鹿が下らない夢をみた結果だ、酷い有様だろ?」
「ああ、らしくないなルベリエ……あんたはいつも言ってた、イニシアティブを他人に渡すな……だが一番大事な時にどうして俺に託したんだ?」
ルベリエの目が遠い何かを、見る。
「……へ、いつからか思いこんでいた……俺の背中はマドッグかレイチェル、二人の仲間のどちらかが守っているとな」
フフ、と笑いルベリエの赤く染まった歯がむき出される。
「二人ともとっくに自分で裏切っちまったのにな……俺は馬鹿野郎さ」
「ああそうだ、馬鹿野郎だ」
だがルベリエは瀕死とは思えない勢いで、マドッグの腕を掴んだ。
「だがなっ、マドッグ!」
内心マドッグは怯む。ルベリエの腕の力は強かった、全盛期の彼のように。
「……俺はこんな結果が分かっていても、やり直せればやっぱりまた同じ事をしたさ……冒険者は最悪だっ! 一攫千金とかロマンとかほざく奴は何も知らないガキか馬鹿だっ! 俺達は自らの若さと力をはした金で売って生きているんだ。見ず知らずの他人のためにな」
ルベリエは血を吹き出し、しばらく痙攣した。
「……マドッグ、お前にもいつか判る。今はいい、まだ若い……だがすぐだ、すぐにそれは失われ、深い絶望だけが目の前に現れる……お前にはソフィーもいる、尚更だ」
ルベリエの腕の力が不意に抜け、するりと手が落ちた。
「そうかも知れないな……いや、そうなんだろうな」
マドッグは頷いた。彼もずっと悩んできた事で、答えは今出た。
「マドッグ……止めを刺してくれ……」
ルベリエの目が懇願してた。
マドッグは無言でハルパーを抜き、彼の首に当てる。
「すまない……金は……半分に分けた金の残りは、俺の家のベッドの藁の下だ……ソフィーに使ってくれ」
「じゃあな、ルベリエ」
マドッグはハルパーを引いた。