表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/89

戦士ルベリエ3

 ある時不意に目が覚めた。自分ではどう足掻いてもそんな怪物と戦えない。否、そもそも戦える人間などいないのだ。



 人間より遙かに大きなドラゴンやマンティコア、ジャイアントにデビル……勝てるはずがない。



 完全武装の騎士さえも軽く潰す連中に、そこまでの防具も揃えられない半端な冒険者が挑むなど、笑い話だ。


 冒険者としての楽しい日々は、一瞬で色あせた。


 大体冒険者がそんなに儲かる楽しい仕事なら、農奴も職人も自分の職を捨てている。


 彼等がどんなに苦しくても畑や道具を捨てないのは、冒険者みたいな山師になりたくないからだ。

 

 ルベリエの遅すぎる目覚めだった。


 その時、彼の中で眠っていた溶岩が、目を覚ました。



 騎士が憎い。領主が憎い。彼を冒険者に貶めた連中が憎い。



 憎くて堪らない。憎い、憎い、憎い、憎い。



 だから……ルベリエは……騎士に……なりたい。



 騎士になりたい。



 憎しみは、いつの間にか憧憬に変わっていた。


 奪われれる者から奪う者に、傷つけられる者から傷つける者になりたい。 



 ──騎士になりたいっ! 



 異世界人の激しい攻撃を何とかいなしながら、ルベリエは心中で叫んだ。


 冒険者なんて末路は決まっている。野垂れ死にだ。


 冒険者ギルドは所詮、ならず者達を監視する場所でしかなく、老後の面倒なんて見るはずがない。


 他の職人達と違い兄弟団も養老院もない冒険者など、いくら稼いでも最後には見捨てられ、苦しみながら孤独に死ぬ。

 

 真っ平だ。

 

 ルベリエの虫歯がまた痛んだ。それだけではない、酷使している腕も足も腰も痛む。老いたからか疲労も早い。

 

 ルベリエは恐れた。体にガタがきたと判り始めてから、絶望していた。



 ──この先どうすればいいんだ。



 勇士決闘の話を聞いたのはそんな時だ。破格な内容に狂喜した。何よりも自分の名がなく、マドッグとレイチェルの名前が挙がっていることに。


「そうだっ!」


 ルベリエは渾身の力でパタを振り抜き、ビャクヤの魔剣を弾いた。


「これが最後の賭けなんだ!」 


 しかしもう彼の武器は両方ともがたがたで、これ以上魔力を持つバスタードソードに耐えられるようには見えない。


 だから攻勢に転ずる。


 元々彼の剣は二つとも突きに特化している。ルベリエは冒険者として培ってきた経験を、ビャクヤにぶつけた。


 二つの剣の一つパタは異世界人の板金の胸鎧で火花を散らし、カタールは木の盾に穴を穿つ。


「くっ」ルベリエは顔を歪める。思った以上異世界人はやる。あるいは若さかも知れないが、よく跳び、よくかわし、反撃も的確だ。鎧に頼ってばかりの騎士とは違う。


 ──いや。


 彼はビャクヤの顔を見て首を振った。どうやら作戦が徒になったようだ。


 ルベリエは異世界人が焦っているから好機、と感じた。しかしどうやら彼は余程大事な用事があるようで、怪我を覚悟で突撃してくる。


 異世界人ビャクヤは、追いつめられ窮鼠と化してした。


 ──いかんな。


 ラメラーアーマーの金属板がまた吹き飛ぶ。ビャクヤの剣がルベリエの脇腹をかすった。


 視線で背後のマドッグを、さっと撫でる。


 もうすぐ彼の出番だ。そう、この戦いは敵を損耗させるだけが目的だ。


 マドッグが異世界人を倒す。マドッグが栄光と富を得る……が、マドッグは字が読めない。


 ルベリエの胸に火が灯る。最後には全て奪う……勇士決闘でマドッグを勝たせて、賞金の半分に満足したフリをしつつ、機を待ち、マドッグから領地を奪う。


 ルベリエの真の目的だ。先の決闘でレイチェルが勝っていたとしてもそうしていた。二人は字が読めない。ルベリエは読めるし書ける。このアドバンテージは大きい、いつか領地の権利を合法的に手に入れる。


 さらに彼がマドッグを演じるのは、自分の名が挙がらなかったからではない。騎士を殺した後に、当然その親族が復讐権を教会裁判所に願い出るはずだからだ。


 全ての敵意はマドッグに。全ての財産は自分に……ルベリエの賭けだ。


 ビャクヤの剣がまた彼の鎧の金属板を、斬り取る。


 ──そろそろか。


 ルベリエはぼろぼろになった装備を確認し、思った。


 異世界人に怪我を負わせる事はできなかった。だがビャクヤは流石に肩で息をしている。


 ここまで疲れさせれば十分なはずだ。



「……なんてな……ここまでだ異世界人……俺はルベリエ。お前さんの本当の相手マドッグはあっちさ……俺は公正な立会人の方だ」



 ルベリエは激しい息の中、精一杯の笑みを作り、顎をしゃくった。


 マドッグは腕を組んで立っていた。立っているだけだ。



「マドッグ! お前の出番だ!」



 ルベリエは微かに苛立ちながら、彼を呼ぶ。


 だがマドッグは動かなかった。ただ腕を組んでいるだけだ。


 ──なんだ?


 ルベリエはビャクヤの攻撃から後退しつつ訝しんだ。マドッグの目にたゆたう光の意味が分からない。



「それはないぜルベリエ。お前の戦いだろ? お前が始末を着けろ……お前が始めた決闘ごっこだぜ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ