戦士ルベリエ3
ある時不意に目が覚めた。自分ではどう足掻いてもそんな怪物と戦えない。否、そもそも戦える人間などいないのだ。
人間より遙かに大きなドラゴンやマンティコア、ジャイアントにデビル……勝てるはずがない。
完全武装の騎士さえも軽く潰す連中に、そこまでの防具も揃えられない半端な冒険者が挑むなど、笑い話だ。
冒険者としての楽しい日々は、一瞬で色あせた。
大体冒険者がそんなに儲かる楽しい仕事なら、農奴も職人も自分の職を捨てている。
彼等がどんなに苦しくても畑や道具を捨てないのは、冒険者みたいな山師になりたくないからだ。
ルベリエの遅すぎる目覚めだった。
その時、彼の中で眠っていた溶岩が、目を覚ました。
騎士が憎い。領主が憎い。彼を冒険者に貶めた連中が憎い。
憎くて堪らない。憎い、憎い、憎い、憎い。
だから……ルベリエは……騎士に……なりたい。
騎士になりたい。
憎しみは、いつの間にか憧憬に変わっていた。
奪われれる者から奪う者に、傷つけられる者から傷つける者になりたい。
──騎士になりたいっ!
異世界人の激しい攻撃を何とかいなしながら、ルベリエは心中で叫んだ。
冒険者なんて末路は決まっている。野垂れ死にだ。
冒険者ギルドは所詮、ならず者達を監視する場所でしかなく、老後の面倒なんて見るはずがない。
他の職人達と違い兄弟団も養老院もない冒険者など、いくら稼いでも最後には見捨てられ、苦しみながら孤独に死ぬ。
真っ平だ。
ルベリエの虫歯がまた痛んだ。それだけではない、酷使している腕も足も腰も痛む。老いたからか疲労も早い。
ルベリエは恐れた。体にガタがきたと判り始めてから、絶望していた。
──この先どうすればいいんだ。
勇士決闘の話を聞いたのはそんな時だ。破格な内容に狂喜した。何よりも自分の名がなく、マドッグとレイチェルの名前が挙がっていることに。
「そうだっ!」
ルベリエは渾身の力でパタを振り抜き、ビャクヤの魔剣を弾いた。
「これが最後の賭けなんだ!」
しかしもう彼の武器は両方ともがたがたで、これ以上魔力を持つバスタードソードに耐えられるようには見えない。
だから攻勢に転ずる。
元々彼の剣は二つとも突きに特化している。ルベリエは冒険者として培ってきた経験を、ビャクヤにぶつけた。
二つの剣の一つパタは異世界人の板金の胸鎧で火花を散らし、カタールは木の盾に穴を穿つ。
「くっ」ルベリエは顔を歪める。思った以上異世界人はやる。あるいは若さかも知れないが、よく跳び、よくかわし、反撃も的確だ。鎧に頼ってばかりの騎士とは違う。
──いや。
彼はビャクヤの顔を見て首を振った。どうやら作戦が徒になったようだ。
ルベリエは異世界人が焦っているから好機、と感じた。しかしどうやら彼は余程大事な用事があるようで、怪我を覚悟で突撃してくる。
異世界人ビャクヤは、追いつめられ窮鼠と化してした。
──いかんな。
ラメラーアーマーの金属板がまた吹き飛ぶ。ビャクヤの剣がルベリエの脇腹をかすった。
視線で背後のマドッグを、さっと撫でる。
もうすぐ彼の出番だ。そう、この戦いは敵を損耗させるだけが目的だ。
マドッグが異世界人を倒す。マドッグが栄光と富を得る……が、マドッグは字が読めない。
ルベリエの胸に火が灯る。最後には全て奪う……勇士決闘でマドッグを勝たせて、賞金の半分に満足したフリをしつつ、機を待ち、マドッグから領地を奪う。
ルベリエの真の目的だ。先の決闘でレイチェルが勝っていたとしてもそうしていた。二人は字が読めない。ルベリエは読めるし書ける。このアドバンテージは大きい、いつか領地の権利を合法的に手に入れる。
さらに彼がマドッグを演じるのは、自分の名が挙がらなかったからではない。騎士を殺した後に、当然その親族が復讐権を教会裁判所に願い出るはずだからだ。
全ての敵意はマドッグに。全ての財産は自分に……ルベリエの賭けだ。
ビャクヤの剣がまた彼の鎧の金属板を、斬り取る。
──そろそろか。
ルベリエはぼろぼろになった装備を確認し、思った。
異世界人に怪我を負わせる事はできなかった。だがビャクヤは流石に肩で息をしている。
ここまで疲れさせれば十分なはずだ。
「……なんてな……ここまでだ異世界人……俺はルベリエ。お前さんの本当の相手マドッグはあっちさ……俺は公正な立会人の方だ」
ルベリエは激しい息の中、精一杯の笑みを作り、顎をしゃくった。
マドッグは腕を組んで立っていた。立っているだけだ。
「マドッグ! お前の出番だ!」
ルベリエは微かに苛立ちながら、彼を呼ぶ。
だがマドッグは動かなかった。ただ腕を組んでいるだけだ。
──なんだ?
ルベリエはビャクヤの攻撃から後退しつつ訝しんだ。マドッグの目にたゆたう光の意味が分からない。
「それはないぜルベリエ。お前の戦いだろ? お前が始末を着けろ……お前が始めた決闘ごっこだぜ」